第209話 真田の気概
細川晴元の軍勢と戦っているのは、真田信綱率いる真田勢である。
真田幸綱の嫡男であり、この度の上洛の話を聞き真っ先に志願していた。
晴景はこの上洛に関しては、直属軍である虎豹騎軍で固めるつもりだったが、真田信綱の必死の懇願で真田勢の同行を許していた。
真田信綱が志願したのは、この上洛での戦いで真田の名を高めるためである。
織田信長殿との三木砦での戦いの時、景虎が急遽援軍を送り込んできた。
その後、援軍が無理を承知で通常の倍以上の速さで駆け抜けてきた理由を、後から知ることになる。
景虎が真田では晴景を守りきれないかもしれないと思ったことが最大の理由だった。
真田信綱は自ら率いた真田勢が、上杉直属軍よりも弱いと見られていたことがショックだった。
自ら率いる真田の兵は、上杉家直轄軍である虎豹騎軍より弱いと思っていない。
真田幸綱は父幸綱より虎豹騎軍の訓練のあり方を聞き、それを己自身と自らの手勢に課して訓練していた。
そのため、この上洛で真田の兵は日本一と言わせてみせると密かに闘志を燃やしていた。
「引くな、敵を押し返せ!」
細川晴元の軍勢に、いち早く反応したのが真田信綱であり、真田勢であった。
真田の兵たちも信綱の気持ちを分かっており、皆獅子奮迅の活躍を見せている。
「我に続け〜!」
真田信綱が真田勢の先頭に立ち細川晴元の軍勢に突撃していく。
真田勢がひとつの矢の如く細川晴元の軍勢を切り裂いて突き進む。
真田信綱は、槍を自在に振り回し敵兵を打ち倒して進んでいく。
細川晴元の軍勢は、晴元に恩義も何も無い者たちであり、命までかけて晴元のために戦うつもりなどない。
真田勢の働きに圧倒されて敵兵がどんどん下がっていく。
細川晴元の兵は少し稼ぎの良い仕事程度の考えであり、危うくなればたちまち崩される。
「軟弱な田舎侍じゃねえのかよ・・・」
「話が違う・・・」
「こんな強えとは聞いてねえぞ・・・」
「やってられるか・・・・」
「さっさと逃げるぞ・・・」
逃げようと後ろを見せた者たちから真田の槍の餌食となって戦場の骸となっていく。
そして恐怖は伝搬し始めるとあっという間に広がっていく。
「信綱様、あそこをご覧ください」
真田信綱は真田の家臣が示す方向を見る。
その先に細川京兆家の家紋である松笠菱の旗印が見えていた。
「あれこそ細川京兆家の家紋、松笠菱だ。敵の大将はあそこだ。いくぞ!ついて来い!」
真田勢は松笠菱に向かってまっしぐらに突き進む。
やがて、真田勢は細川晴元の本隊へと切り込んでいく。
だが、細川晴元の本隊にとって真田の侵入は想定外であり、瞬く間に切り伏せられていく。
そこからに複数の者たちに守られながら逃げようとしている者たちがいた。
「そこにいるのは細川晴元か!」
男たちは恐怖に慄く。
「その首もらうける覚悟しろ」
真田勢に攻められやがて細川晴元の命脈は尽きた。
獅子奮迅の働きを見せる真田勢を離れたところから見ている上杉晴景と六角義賢。
六角義賢は目の前の光景が信じられなかった。
真田勢に攻められた細川晴元の軍勢が、恐ろしいほどの速さで崩れていく様が見えていた。
「定満。敵の数は」
「はっ、およそ8千かと思われます」
「確か真田は3千であったな」
「真田勢は3千と聞いております」
細川勢と真田勢の数を聞き驚く六角義賢。
しかし、晴景は慌てたり、驚くこともなく普通に指示を出していく。
六角義賢には、晴景のその姿も異様に見えていた。
「倍以上の兵数があるのに細川勢がどんどん崩されていく・・・これはいったい・・・」
「義賢殿。戦は兵の多い少ないだけで決まる訳では無い」
「そ・それは儂も分かっている。だが、この有様は一体・・・」
その上杉家の家臣が走り込んできた。
「ご報告いたします。真田信綱殿が細川晴元と思われる人物を討ち取ったとの事です」
「分かった。ご苦労であった」
「晴元殿が打たれたと・・・・・」
細川晴元が打たれたと聞き思わず絶句する六角義賢。
「義賢殿。細川晴元殿は縁者であったな、心中お察しする。だが、これも戦場の習い。許されよ」
晴景の言葉に表情を引き締める六角義賢。
「晴景殿。・・我らは武士。いつどこで骸を晒すことになるか分からん。それは儂も分かっているつもりだ。恨み言は言うつもりもない。上杉側は降りかかった火の粉を払ったまでだ」
六角義賢は、細川晴元が討たれたこともそうだが、上杉勢のあまりの強さに絶句していたのだ。
真田勢の戦いを見せつけられることで、もし万が一上杉と戦うことになったら勝てないことを思い知らされてしまった。
あまりに戦力、いや兵の質が違うことを見せつけられてしまい、本気になった上杉がどれどの兵力を揃えるのか恐ろしく思えていた。
さらに上杉本国には、晴景以上の戦の達人であり、軍神毘沙門天との異名で呼ばれる次期当主でもある晴景の弟景虎が控えている。
六角義賢は、上杉とは戦うことはできない。
なんとしても上杉と友好関係を保つ必要があることを痛感するとともに、三好長慶を超える恐ろしい男を京の都に呼び寄せてしまったかもしれないことを思い、嫌な汗が止まらなかった。
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