第208話 深謀遠慮

松永秀久は可笑しくて仕方がないと言わんばかりに笑っていた。

「こうも簡単に策に嵌るとは、愚かなことだ」

「父上、愚かだからこそ策に嵌るのではありませんか」

「確かにな」

細川晴元は、軍勢を集め上杉晴景と将軍足利義藤に対して宣戦布告とも言える書状を送りつけていた。

「上杉晴景は書状を読んでも意味が分からんだろうな。一方的に非難してその首を取るとまで言っているからな」

「なぜ、父上が細川晴元が上杉と上様に送りつけた書状の中身を知っているのですか。まさか、その書状も我らに内応しているものが草案を書いたのでは」

松永久秀は、久通の問いかけに不敵な笑みを浮かべる。

「それを承認したのは細川晴元であり、奴の花押も入っている。我らの預かり知らぬことだ。今まで好き勝手に権力を振るって、多くの戦を引き起こしてきたのだ。そのツケが回ってきただけだろう」

「流石に上杉晴景ならば、細川晴元の書状を読み晴元が誰かに嵌められたと勘付くのでは」

「上杉晴景ならすぐにわかると思うが、すでに大きく動き出している。もはや止められんだろう。誰が細川晴元を嵌めたのか調べることもできん」

「細川晴元は、己の命が危ういと思い込んでいますから必死に兵を集めておりますな」

「晴元は、上杉の兵の怖さを分かっていない。あの程度の兵では、すぐさま蹴散らされて終わることになる」

「六角はどうするつもりでしょう」

「奴のことだ。何とか仲裁しようとしているだろうが無駄だ。上杉側は身に覚えのないことで一方的に罵倒され、首をとってやると言われているのだ。上杉側が折れる事は無い。細川晴元は、発端はどうであれ、上杉討伐を掲げて軍勢を集め始めた以上、もはや降りることはできん。ここで逃げたらもはや誰も相手にせん。自分から喧嘩を売っておきながら、ここで弱気になり逃げたら武将として終わりだ」

「ですが、朝廷を動かして仲裁という手もあります」

「それも心配無用だ。茶の湯で懇意にしている公家共に朝廷内で噂を撒いてもらってある」

「どのような噂をですか」

「乱心した細川晴元が将軍を討伐して、京の街に火をかけると息巻いているとな」

「流石にそれは信じないでしょう」

「信じなくてもいいのだ。そんな噂がある。そして、実際に細川晴元が兵を集めている。そして将軍の要請を受けて上洛してきた上杉勢相手に戦おうとしている。これらの事実があれば、もしかしたらと人の心の中に小さな疑惑が芽生える。それが重要なのだ」

「心の中の疑惑ですか」

「人の心は弱い。一度、疑惑や恐怖を持てば、簡単には消すことができない。それが人というものだ」

「なるほど」

「そうなれば、朝廷も簡単には動かん。将軍である義藤様が朝廷に働きかければ朝廷も仲裁に動くが、動くつもりはないだろう」

松永久秀は次の一手について静かに思いを巡らせていた。



上杉晴景は、あと1日で東山霊山城に到着しようとしていた。

そんな晴景のところに細川晴元の書状が届けられた。

「ハァ〜・・・」

書状を読みながら思わずため息を漏らす晴景。

「如何されました」

「定満、読んでみろ」

晴景は、宇佐美定満に書状を渡す。

「こ・・これは」

「言い掛かりもいいところだ。我らが晴元の妻子をわざわざ斬りに行く必要はないだろう。しかもわざわざ赤備の甲冑姿でだ。晴元は自分の命を狙われていると思っているようだが、将軍義藤様から細川晴元討伐の指示は出ていない。儂は細川晴元は討伐してしまっても構わんと思っているが、流石に勝手に討伐するわけにもいかん。向こうから攻めてくるなら徹底的にやるが」

「晴元は誰かに嵌められたといったところでしょう」

「そうだろうな。嵌めるとすれば、おそらく三好だろう。だが、その証拠は無い」

「三好に先手を打たれましたな」

「まぁ、それは仕方あるまい。さすがは三好長慶といったところか」

そこに来客を告げる家臣からの報告が入った。

「六角義賢殿がお見えです」

「六角殿が・・細川晴元の件だろう。通せ」

しばらくして六角義賢が入ってくる。

何となく顔色が悪い。

「上杉殿。上様のお言葉を受け入れて上洛していただき、上様も心強いかと思われます」

「六角殿」

「な・何か」

「細川晴元の書状が届いている。これはどういうことだ」

「上杉殿は身に覚えがないと受け取ってよろしいか」

「細川晴元と戦もしていないのに、わざわざ晴元の妻子を狙って、赤備の甲冑姿で行くなどありえん。しかも、儂が幕府管領職を狙っているとか。自領の政で忙しいのに幕府管領職など冗談ではない」

「ですが、かなりその噂が広まっております」

「噂は他人が勝手な憶測で流すものだ。それよりも細川晴元をどうするつもりなのだ」

「こちらから使者を出しても追い返される始末」

苦渋の表情を浮かべる六角義賢。

「義藤様から指示が無いため、こちらから攻めるつもりは無いが、向こうから攻めてくるなら話は別だ。叩き潰すまで」

「待ってくれ、必ず晴元殿を説得して誤解を解く。だから、待ってくれ」

「義賢殿。我らは向こうから攻めてきたら受けて立つだけだ。攻めて来なければ何もせん」

その時、本陣の外が騒がしくなってきて、慌ただしい雰囲気が伝わってくる。

そして、上杉の家臣が慌ただしく入ってきた。

「一大事にございます。細川晴元と思われる軍勢が我らに奇襲をかけてきております」

その報告に、六角義賢は顔色を失った。

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