第207話 乱世の梟雄松永久秀
松永久秀は、越水城を出るとすぐに京の都に入った。
現在の京の都は三好長慶の軍勢が治安を維持していた。
松永久秀は京で定宿にしている寺に入る。
既にそこには松永久秀の嫡男久通と自らの家臣たちが先に到着していた。
「父上、丹後方面からの上杉勢が間も無く東山霊山城に到着します。長慶様はいかにするおつもりですか」
「離間の計だ」
「離間の計?」
「そうだ。長慶様は上杉晴景とまともにぶつかる事は危険だと考えている。儂も同じだ。三好家中では、たかが1万5千の軍勢と考える者達がいるが、危険な考えだ。今まで戦ってきた畿内の兵とは違う」
「どう違うのですか」
「相当に鍛え抜かれた精鋭揃いだ。農民や町人たちを集めた寄せ集めの兵では無い。戦うためだけに雇い入れ、常に武芸を磨き、軍略を学び、集団で戦う術を身につけている連中だ。敵兵の数の多い少ないは気にせずに戦う。まともに正面からぶつかればこちらが危うい」
「それで離間の計ですか」
「そうだ。これに関しては儂に全て一任されている」
「具体的にどうするのです」
「細川晴元を使う」
「あの権力欲と猜疑心の塊のような男をですか」
「だからこそだ。そんな奴だから転がし易い」
松永久秀は、可笑しくて仕方ないという顔をしている。
「あの細川晴元という男は、おそらく腹の中では、己が将軍になれないことが、将軍になる資格のないことが不満であろう」
「将軍は足利一門でなければなれません」
「そうだ。それだからこそ、貪欲なまでに権力を求める。よく考えてみろ。ここ20年から30年の畿内の騒乱には、何らかの形で奴が絡んでいる。奴が絡んでいないものを探す方が難しいかもしれんぞ。元々奴は細川家を継ぐ立場になかったにもかかわらず、何度も何度も畿内で戦を起こして細川家当主の細川高国を倒し細川家を手に入れ、幕府管領となったのだ」
「確かに、言われてみれば多いですね」
「細川晴元が何もせずに大人しくしていた方が畿内は平和だったかもしれん」
「そんな細川晴元を我らで嵌めるのですね」
「既に晴元の家来を何人か買収済みだ」
「流石は父上、用意周到で!」
「クククク・・・面白くなってきた。こんな乱世だからこそ、我らが浮かび上がることができるのだ。上杉晴景が一代であれだけの国を切り従えたのだ。我らも多少は切り従えても罰は当たらんだろう」
「フフフフ・・・力こそ正義の乱世ですから精一杯切り取りましょうぞ」
梟雄松永親子の笑い声が響き渡っていた。
細川晴元は昼間から酒を飲み荒れていた。
足利将軍足利義藤は、必ずこの晴元に頭を下げて頼りすると思っていたのに、自分には何の相談もなく上杉家を呼び寄せた。
しかも既に上杉勢は1万5千もの軍勢を用意して間も無く東山霊山城に集結する。
「クソ・・・」
三好長慶の軍勢に、集めようとしていた兵を蹴散らされことも合わさり、不機嫌に拍車をかけていた。
「酒だ。酒を持って来い」
浴びるように酒を飲み続ける晴元。
不機嫌なことはわかっているため、誰もそれを止めようとはしない。
「晴元様、一大事にございます」
家臣が慌てて晴元の面前にやってきた。
「何だ、騒々しい」
酒に酔い、赤ら顔の晴元は不機嫌そうに答える。
「とんでもない噂が流れております」
「とんでもない噂だと・・」
「上杉晴景が晴元様を畿内騒乱の謀反人として討伐し、晴元様の首を持って三好長慶との手打ちとするつもりだと盛んに噂が流れております。しかもそれを上様がお認めなったと」
細川晴元は一瞬何を言われているのか分からず呆然としていた。
「な・・なぜ・・なぜ儂が謀反人に仕立て上げられるのだ。儂は由緒正しき細川京兆家当主であり幕府管領であるぞ。儂がいなくては幕府は一歩も動かんぞ!まさか・・儂を討つ目的で上杉を呼び寄せたのか」
酒に酔い判断力の落ちている晴元は、家臣の報告を鵜呑みにして怒りをぶちまけた。
「分かりませぬ。ですが商人や町人どもが盛んに噂をしております」
「上様に・・・いや、六角だ。六角義賢にことの真相を問いただす使者を出せ」
六角義賢は、晴元の正室の弟である。
「はっ、直ちに」
その家臣は口元に笑みを浮かべ急ぎ出ていく。
細川晴元の使者は、六角家に着くことも無く、全て松永久秀の家来に始末されるのであった。
そこに別の家臣が走り込んでくる。
「晴元様、大変です」
「今度は何だ」
「避難されていた奥方様と嫡男聡明丸様が赤備の甲冑を着た武者達に切られました」
「何だと!」
酒を並々と注いである茶碗を思わず落としてしまう。
「どうにか一命は取り留めたのこと」
「赤・・・赤備・・だと、まさか、まさか」
「晴元様、赤備は上杉の武将達が好んで使っておりますな」
「上杉・・奴らか。儂を本気で謀反人として討つつもりか。しかも、正室と嫡男を狙うか」
家臣は赤備の甲冑を着たもの達に襲われたと言っただけである。
そして、上杉の者達が赤備を好んで使うと言っただけで、酒に酔い判断力の落ちている晴元は、上杉家の者の仕業と思い込んでいた。
「晴元様、狙いは晴元様の首。急ぎ軍勢を集めねば晴元様のお命が危険でございます」
「おのれ上杉・・そうか・・分かったぞ。儂にとってかわり幕府管領になるつもりか。軍勢を集めよ。上杉に討たれてなるものか。儂が上杉晴景を打ち取ってくれる」
「承知いたしました」
そしてこの家臣も口元に笑いを浮かべていた。
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