第206話 三好長慶

摂津国越水城(兵庫県西宮市)

三好長慶みよしながよしは、将軍足利義藤から和約破棄との通告を受け、先に邪魔になりそうな細川晴元を叩くことを決断。

細川晴元が丹波方面で兵を集めているとの報告を受けて、丹波方面に急遽出陣。

可能ならば、細川晴元を殺せるなら殺してしまってもかまわんとも考えていた。

元々長慶の父元長を謀略にかけて殺したのが父の主君であった細川晴元。

晴元が利用できるうちは利用してやるつもりであったが、父の仇でもあり利用価値が無くなりしだい可能なら殺すつもりであった。

小規模な戦いをいくつか終えて、細川晴元を倒すことはできなかったが、ある程度細川晴元の勢力を蹴散らして居城である越水城に戻っていた。

越水城は、三好の本拠地である阿波国と畿内を結ぶ重要拠点であり、三好が摂津国を抑える拠点の役割も持っている。

広間の上座に座る姿は、まさに堂々たる雰囲気を身にまとい、まさに覇者の風格を漂わせ始めていた。

「義藤様はどうしている」

留守の間、居城越水城を預けた嫡男である三好慶興みよしよしおきを見る。

「義藤様は山城国愛宕郡に作った東山霊山城に籠っております」

「人の出入りはどうだ」

「六角義賢が頻繁に出入りしているようです」

「六角か・・・六角義賢なら何もできまい」

「よろしいのですか!こう何度も我らに楯突かれますと少々うんざりいたします。誰の力で畿内の安定を保つことができていると思っているのでしょうか。将軍様の後ろ盾の一人である六角を叩くべきではありませんか」

「六角だけなら大したことは無い。問題は他の大名たちが手を組むことだ」

「父上、近隣の大名は六角以外は大したことはありません。我ら三好に勝てる大名はおりません。心配しすぎではありませんか」

「畿内の大名は問題無い。心配なのは上杉だ」

「父上、上杉は美濃国を平定と尾張国との戦という大きな戦を2つも終えたばかり、しばらくは動かないかと思います」

「そうであればいいが・・・どのみち東山霊山城は攻め落とすことは決定事項だ。少しでも不利になればすぐに崩れる連中だ。簡単なことだ。周りで余計なことを吹き込む連中を排除して、将軍様には大人しくしていただこう」

そこに松永久秀が入ってきた。

「久秀か、珍しいなどうした」

「長慶様、至急お耳に入れたいことが」

「何だ」

「越後上杉勢が丹後に船で上陸。その数8千。そのうち5千が将軍様の籠る東山霊山城に向かっております。さらに美濃国からも越後上杉勢1万が、同じく東山霊山城に向かっております。その軍勢は多数の者が赤備の甲冑を身につけているとのこと」

松永久秀の言葉を聞き、三好長慶は思わず渋い表情をする。

「チッ・・・義藤様が今まで静かにしていたのに、急に強気に出てきて不思議に思っていたが、なるほど、上杉を呼び寄せたことが原因か。しかし、面倒なことになった。総大将は誰だ」

「美濃国からの軍勢の中に‘’天下泰平‘’の旗印があるとの報告がありますから、上杉晴景殿と思われます」

「上杉晴景か・・・噂通りなら面倒な相手だ」

「父上、たかが1万5千。蹴散らせばよろしいでしょう」

「上杉の兵は、細川晴元の兵とは違う。多少不利だからといって引く事は無い。我ら国衆の集まりの兵とは違う」

「どう違うのです」

父である三好長慶の言葉に少し不満そうな表情をする三好慶興。

「戦の無い日々であっても常に武芸と肉体の鍛錬を欠かさぬ。そして個人的な戦いではなく組織的な戦いを行い、大量の鉄砲を駆使すると聞く。特に赤備はかなりの精鋭と噂されている」

「それは所詮噂に過ぎないはず」

「単なる噂であれば良かったが・・・上杉が美濃国と尾張国を相手に戦ったことは聞いているだろう」

「上杉が美濃を平定した戦ですね」

「尾張との戦で知多郡にいた上杉晴景の支援のため、軍勢が稲葉山城から知多郡まで通常の半分の時間で移動したそうだ」

「かなりの距離があるはず。そこを半分の時間などとは、それこそ眉唾物の話でしょう。自らの力を誇示するために、かなり話を盛って噂を流したのではありませんか」

「慶興様」

上杉が油断できない相手だという話を聞かされ、不満げな慶興に松永久秀が声をかけた。

「久秀。どうした」

「その話は事実でございます。多くの領民たちが見たそうでございます。軍勢の行軍とは思えぬほどの速さで駆け抜けていったと口々に言っており、噂になっているほどです。事実ならば、まさに神速ですな」

「どうすれば、そんなことができるのだ。ありえんだろ」

「慶興、わかったか」

「父上、ならばどうするおつもりですか」

「簡単な話だ。戦わん」

「はっ?」

「いいか、東国は上杉とそれに従う大名たちでほぼ占められている。日本の約半分だな。そんな化け物と戦えるか。できるだけ戦いを回避できるように立ち回る。奴らが国に帰るまで死んだふりをして、従順な仮面を被ればいい。奴らが帰れば元通りだ。どうしても避けられない戦いは受けて立つしかないが、できるだけ戦いはさけて、できるだけ大人しくしてやり過ごす」

「で・・ですが」

「そもそも、儂の命を狙う輩が大人しくするように人質を出してくれと言ったまで、将軍様と戦うなど一言も言ってないぞ。向こうが勝手に騒いでいるだけだ。我らは仮面を被りながら、上杉晴景と細川晴元をぶつけるように持っていく」

「えっ」

「そうなったら六角義賢がどう動くか見ものだぞ。きっと板挟みで苦しむぞ。ハハハハ・・・」

「そう上手くいきますか」

「細川晴元は、権力欲は凄まじく、それと同じくらい猜疑心は恐ろしく強い。人を利用することしか考えていない。細川晴元のために、あれほど尽くした我が父元長を、勢力拡大を恐れて簡単に謀略にかけて殺す男だ。奴の権力に対する欲望と猜疑心を突けば将軍様でも引き摺り下ろす」

三好長慶と慶興とのやりとりを不敵な笑みを浮かべながら松永久秀は見ていた。

「久秀」

「はっ」

「やり方は任せる。細川晴元が上杉と対立するようにせよ」

「承知しました。当然、我らの仕業と分からぬようにですな」

「それは当然だ。さて、あとは可能なら上杉晴景とサシで話がしたいな。上杉晴景はかなり合理的な考えの持ち主のはずだ」

「それは、その時が来ればですな」

「それまでは、気長に死んだふりをしておくか」

松永久秀は慌ただしく越水城を後にした。

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