第205話 甘くそして苦いもの

黒砂糖使用した餡子を使った少し小さめの茶饅頭が目の前にあった。

台所を預かる者に試作させていたものがついに出来上がったのだ。

「おお〜。これか!」

出来上がったばかりのものを一つ食べてみる。

黒砂糖特有の甘さの中に、少しえぐ味のある独特の甘さが口の中に広がっていく。

「これは美味いな」

すっかり忘れていた味だ。

景虎もその饅頭を口にはこぶ。

「ほ〜、これは美味い。この甘さはクセになりそうだ」

景虎もすっかり気に入ったようだ。

甘味ものが、ごくわずかな乱世の時代に、黒砂糖は必ず人々の心を魅了する。

それほどまでの力をこの黒砂糖が秘めている。

「兄上、サトウキビの作付けを増やしましょう。黒砂糖は高級品ですが売れます。間違いなく売れます。明や琉球から輸入されている砂糖に打ち勝ち、国内から駆逐して我らで独占できるはず」

「国内で生産できるなら、わざわざ高い金を出して遠くから輸入する必要はないからな」

サトウキビから作られた黒砂糖の出来に満足していると、景虎が白い布地を出してきた。

「これは上野国で推し進めている養蚕で作り出された絹になります」

景虎が絹の布地を渡してくる。

晴景は絹の布地を手に取り、触り心地や布地の出来栄えを見てみる。

「布地の目がまだ荒い部分はあるが、手触りは問題ないようだ。このままでも十分使える。さらに高級品を目指すならば、機織りの技術の向上と養蚕の技術を向上させていけば、明からの輸入品に対抗していける。十分に売り物になるはずだ」

絹の手触りは、優しくなめらかで手に吸い付くような触り心地。美しい光沢もある。

「出来栄えに天王寺屋もかなり満足しているようです。かなり良い値段で売れそうです」

「山間で田畑を作ることが厳しい場所は、養蚕を進めて銭による収入を得られるようにして行こう」

「田畑を作ることができずに、貧しい生活を余儀なくされているものたちにとっては、大きな救いとなりますな」

「サトウキビを含めた新しい作物の栽培。養蚕による絹の生産で関東の農民の生活を安定させることができるようになる。そうなれば国内の情勢も安定することになるはずだ」

黒砂糖と養蚕が、関東の人々の生活に、大きく貢献することを確信する晴景と景虎であった。



黒砂糖と絹の出来栄えに満足していた上杉晴景のもとに、京の将軍足利義藤より御内書が届いた。

届けられた御内書を読みながら渋い表情をする晴景。

「兄上、将軍義藤様は何と仰せですか」

「儂に軍勢を率いて上洛せよとの仰せだ」

御内書の中身は、上杉晴景に軍勢を率いて上洛せよとのことだった。

「兄上に軍勢率いて上洛させる理由はなんでしょう」

「やはり対三好長慶が最大の理由だ。三好長慶の調略で幕臣が三好派と反三好派に分かれ、抗争が始まりかねん情勢だ。義藤様も東山霊山城に移り、三好と手を切り敵対姿勢を明確にしている」

「義藤様が、せっかく三好長慶を幕臣に取り込んだというのに、全てが無駄担ってしまいましたな」

「三好長慶が相手だ。小手先の策は通じん。幕臣として取り込んだ時点である程度予測できたことだ。幕臣たちを銭と力で味方に取り込んでいく、幕府側が何もしなければそのまま三好長慶が幕府を乗っ取る。幕臣たちの取り込みに反発して、反撃してきたら力でねじ伏せる。自らの武力に絶対の自信があり、幕府側の現有戦力をよく見ているからできることだ。今の幕府側にはそこまで読める者はいない。六角定頼殿が生きておれ良かったが、六角定頼殿はすでに亡くなっている」

「後を継いだ六角義賢殿がいるではありませんか」

「義賢殿は良き武将ではある。ただ、父である定頼殿と比べれば、やはり武将としての格が落ちると言うしかない。定頼殿が残した名将たちが多くいるが活かしきれないだろう」

晴景は、残念そうな表情をする。

「ならば、将軍義藤様のために上洛されますか」

しばらく、目を瞑り、腕を組み、黙って考え込んでいる晴景。

「上杉は大きくなり過ぎたか・・・大きな力にはそれに相応しい義務が生じるか・・・・」

以前、今川義元に言われた言葉を何度も呟く晴景。

「行くしかない・・・これが吉と出るか凶と出るかわからんが、もはや逃げるわけにはいかんだろう」

「兄上、どれほどの軍勢を用意しますか」

「総勢は1万8千とする。儂は陸路で1万の兵を率いて美濃を通り近江を経由して、将軍義藤様のいる東山霊山城に向かう。残り8千は直江津から海路で丹後一色領に上陸。一色領に3千を残し、東山霊山城にて合流とする」

「承知しました。ですが、三好が奇襲をかけてくる恐れがあるのでは」

「流石に三好も我らの軍勢が近江に入ったら気がつくだろう。そのため近江に入ったら、急ぐ必要があるな。のんびり行軍していたら狙われることになる。おそらく海路からの軍勢が先に着くだろうから、全軍揃うまで守りに徹しておけば問題無いだろう」

「承知しました。直江津からの軍勢に申し伝えておきましょう」

上杉晴景は、留守を景虎に任せ、自ら軍勢を率いて上洛することを決定した。

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