第204話 燻る火種

晴景らが房総半島で生のサトウキビを堪能している頃、京の都では燻っている火種が大きく燃え上がろうとしていた。

将軍足利義藤は、山城国愛宕郡に作ったばかりの東山霊山城に入り、10日前に三好長慶と結んだばかりの和約を破棄した。

一旦は三好と和平を結び細川晴元と訣別したが、幕臣内で三好派・反三好派ができあがり、幕臣たちで反目し合うようになっていた。

そこに、三好長慶から反三好派の幕府奉公衆たちの人質を出すように要求されたことが、将軍足利義藤の怒りに触れることとなり、三好と敵対関係に戻っていた。

「三好長慶の奴、将軍たる儂に奉公衆の人質を寄越せなどとは無礼千万」

将軍足利義藤は、三好長慶の力を認めて一旦は和睦し、三好長慶を幕府奉公衆として取り込むことことにした。

三好長慶もそれを了承して幕府奉公衆となった。

幕府奉公衆とすることで実質的に三好長慶は、将軍足利義藤の家臣の扱いになる。

それにもかかわらず人質を要求することは、将軍足利義藤を認めないと宣言することと同じであり、将軍の顔に泥を塗る行為であった。

「義賢」

「はっ」

六角義賢は将軍足利義藤の呼び出しを受けて東山霊山城に来ていた。

「三好を必ず打ち破らねばならんぞ」

「承知しております」

「晴元が軍勢を集めていると聞くが」

「それは、上様に敵対するものでは無く、憎き三好長慶を打ち倒すためでございます。晴元殿は必ずや上様のお役に立ちます。どうか、晴元殿をお許しいただけますよう」

六角義賢の姉が細川晴元に嫁いでいて、義賢からすれば三好長慶と細川晴元と比べれば、縁者である細川晴元を取るのは当然であった。

「だが、三好長慶は侮れぬ。やはり上杉晴景に上洛を促す必要がある。義賢、上杉晴景に軍勢を率いて上洛せよと伝えよ。儂から上洛の御内書を出す」

「はっ、承知いたしました」




黒砂糖作りが本格始動を始めたため、ようやく安心したところに嬉しくない話が入ってきた。

目の前には伊賀の藤林長門がいる。

「どうやら、京の都がきな臭くなってきております」

「具体的にはどこだ」

「細川晴元殿と三好長慶殿。そこに将軍義藤様が加わり、そう遠くないうちに戦になると思われます」

「義藤様はどちらに与するつもりだ」

「細川晴元殿と思われます。せっかく結んだ三好との和約を将軍足利義藤様が破棄いたしました」

確か、歴史では将軍義藤様は三好長慶との戦いで負けて近江に逃れることになっていたはず。

将軍義藤様が負ける原因は、細川晴元の家臣である武将たちが、兵の消耗を恐れてまともに戦わないため破れることになる。

相手の三好長慶は元々細川晴元の家臣。

名門であること、管領家であることに増長して権力欲から勝手放題した挙句、家臣である三好長慶の信用を失い、背かれて京の混乱に拍車をかけている。

そして、将軍義藤様が近江に逃げている間に、京の実権を三好に握られることになり、多くの幕臣たちが三好につくことにもなる原因となる戦いが始まる。

晴景は軽くため息をつく。

「三好との和約を破棄したか・・・ならば、要請がきたら軍勢を率いて上洛しなければならんな。分かった。京の都の情勢をもっと詳しく収集するようにしてくれ」

「はっ、承知しました」

藤林長門が部屋を出ていくと景虎が口を開く。

「細川晴元殿と三好長慶殿。兄上はどちらが畿内を制すると思われますか」

「三好長慶が生きている間は、三好長慶が優勢であろう」

景虎は、晴景の答えを不思議に思っていた。

細川、六角が組めば三好に負けることはないと見ていたからである。

「それは、なぜです。六角殿が細川殿や将軍様に加われば三好を打ち破れるのではありませんか」

「それは、全ての者たちが必死に戦えばという条件が付く」

「全ての者たちが必死に戦えば・・・・戦で必死に戦わない者たちがいるのですか」

「景虎も経験した河越の戦い。関東管領殿は敵の10倍もの兵を揃えて負けたのだ。確かに数は力であり、兵の多い少ないは重要だが、それだけで決まるわけでは無い。兵の数は極端に違うことは無いだろうから、兵たちの武将に対する信頼度と覚悟の差で決まる」

「信頼と覚悟ですか・・・」

「畿内の兵たちは、主人がその時々で簡単に相手を裏切る姿を見ている。それが繰り返されれば兵たちも同じようになる。結果として、少しでも負けそうならすぐに手を引くか逃げることを選ぶこととなり、数が多くともあっという間に崩れることが起きる」

「ならば我らはどの様にいたしますか」

「本気で幕府を立て直すなら、管領細川家、三好長慶率いる三好勢、幕府政所を牛耳る伊勢家も叩き潰すしかない。その上でそれらの領地を将軍直轄領にしなければ将軍が力を振るうことはできんだろう。だがそうなると六角は敵に回る可能性が高い」

「六角とも戦う場合を考えておく必要があるということですね」

「そうだ。我らが畿内に兵を送ったときに重要になるのが、縁続となった丹後一色家だ」

「万が一の時の畿内における我らの味方ですか」

「周囲が全て敵に変わった場合、味方がいるいないが重要になってくる。他に我らの後方支援の役割を担ってもらう意味もある」

「ならば、まず銭の支援をして戦力を上げてもらうことにしましょう。銭で戦力を整えてもらうのが早いですから」

「急いだ方がいいな」

「では、至急手を打ちましょう」

景虎は丹後一色家の支援の手を打つことにした。

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