第203話 黒砂糖
天文22年(1553年)3月
歴史通りなら先月死ぬはずであったが、少し風邪を引いた程度で乗り越えることができた。
先月風邪をひいた時には、流石に焦った。
このまま風邪がどんどん悪化してしまうのではないかと心配したが、医師達の適切な処置で大事なく乗り越えた。
日頃から体調を崩さないように考慮していたことと、この冬は雪の降らない関東に居て江戸城で静かにしていること、そして何よりも医師達の健康チェックと日頃から剣術で体を鍛えていたおかげだ。
「晴景様、今川義元様がお見えになりました」
「通してくれ」
暫くすると笑顔の今川義元が入ってきた。
「晴景殿。いよいよか」
「ようやく、サトウキビを収穫する時が来た」
「この一年は待ち遠しかったぞ」
今日はサトウキビを収穫することにしていた。
できるならその場で黒糖を作りたいがその場では難しいだろうな。
晴景は、景虎、今川義元、家臣達、そして天王寺屋らと共に船に乗り込み房総半島へと向かった。
房総半島に上陸するとそのまま上杉家が厳重に管理しているサトウキビ畑にやってきた。
そこには、高さ十尺ほどのサトウキビが青空の下で茎と葉が風に揺れている。
歌に出てきそうな穏やかな風景だ。
管理している農民達が手早く収穫作業に入っていく。
そのうち1本のサトウキビの葉を切り落とし、茎の皮を剥いて口に入る大きさに細かく切る。
晴景がそのうち1個を手に取りかじってサトウキビの汁を口の中で絞る。
口の中に広がる味は砂糖水。
砂糖水の甘さが口に広がる。
永く忘れていた甘さだ。
一緒に来た者達が晴景を見つめている。
「甘い!とても甘いぞ!食べてみろ」
嬉しそうにしている晴景の言葉を聞き、皆が生のサトウキビを味わう。
「甘い!これほどの甘さとは」
義元が驚いている。
この時代の甘みは、砂糖がなければ蜂蜜か発酵させて作る米飴などになってくる。
まだ国内で生産されていない砂糖。
国内で流通する砂糖は、明か琉球からになる。
この時代の砂糖はかなりの高額だ。いや、かなりどころか超々高級品。
砂糖1斤(約600g)で大体150文前後。
米一石(約150kg)で1000〜1200文程度。
米の250倍前後の価格差がある。当然、豊作、不作での価格差もある。
砂糖を一石分買うとなれば37、500文以上必要となってくる。
1文は現代の価値で100〜150円と言われる。
現代日本で砂糖600gを15、000円以上出して買う人はいないだろう。
需要と供給のバランスで供給量が圧倒的に少ないため,異常なほどの高級品になっている。
そのため、上杉印・今川印のブランドができる可能性があるのだ。
いっその事、砂糖の袋か容器に‘’毘沙門天‘’とか‘’義‘’と書いて売り出すか。
毘沙門天印の砂糖を作ったら寺社から罰当たりと怒られそうだけどな。
その高級品の砂糖を、目の前にあるサトウキビから作れることを皆が確信した瞬間でもある。
晴景は皆をすぐ側にある大きな倉庫のような建物に連れて行く。
建物には大きな扉が造られている。
事前に打ち合わせしてあったのらしく、家臣達が大きな扉を全て外す。
中に何か機械のようなものが見える。
「中に見えるのが‘’さたぐるま‘’と呼ばれるサトウキビを搾るものだ」
晴景は、事前にさたぐるまと呼ばれるサトウキビを絞る道具を試作させていた。
直径50センチほどの歯車を横に2つ並べ、その歯車を回すためのかなり長い木の棒が上についている。
さたぐるまの歯車の間にサトウキビを通して絞ることになる。
かなりの重労働になるため、本格的に稼働させるためには馬で歯車を回すことになるだろう。
刈り取ったサトウキビを農民らがさたぐるまに通して搾っていく。
その搾り汁を加熱して、濃縮して黒砂糖を作り出す。
流石に黒砂糖を作るには少し時間がかかるため、今日は断念するしかない。
義元と天王寺屋は、サトウキビが搾られていく様子を食い入るように見ながら、二人とも考え込んでいる。
今後のサトウキビの量産と販売を考えているのだろう。
不意に二人がこちらを向く。
「晴景殿。これはいいぞ。これほどとは思わなかったぞ。これを拡大していけば我らの作る黒砂糖は巨額の富をもたらすぞ」
「晴景様。ぜひ、これを増産をいたしましょう」
一気に鼻息が荒くなり晴景に捲し立てるように話しかけてくる。
「落ち着いてくれ二人とも」
想像以上に興奮状態の二人を落ち着かせる。
「当然、増産をする。聞いたところでは災害に強い作物らしい。強風や旱魃にも強いと聞いている。ただ、寒さに弱いらしいから北の寒い国では無理だが、冬の時期にある程度暖かい土地ならば栽培できるはずだ」
「兄上、我ら上杉領内ではどこまで栽培を広げますか」
「関東南部までが限界だろう。冬の温暖な気候が重要なのだ。上杉領ならば相模国、武蔵国南部、安房国、上総国になるだろう。当然、直轄地での栽培として厳重に管理していくことになる。情報漏れに気をつけねばならん。今川領ならば、全ての地域で栽培可能だろう。だが、儲かるからとサトウキビばかりに偏らないようにしないと、食べる作物がないなどという事態になりかねんから注意が必要だな」
晴景は、儲けよりもこれでやっと和菓子が発展普及していくことに思いを馳せていた。
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