第190話 蝮の決断
美濃稲葉山城
美濃国の北と東から上杉家の大軍が現れたとの報告が入った。
美濃に進軍してくる上杉の軍勢は、土岐家の家紋である桔梗の花を
北からは2万8千。東からは3万もの軍勢である。
斎藤道三は、上杉の動きを知るとすぐさま国衆に対して、兵を率いて登城せよと触れを出した。
だが、集まったのはわずか4千であった。
あまりの少なさに斎藤道三は慌てた。
「どうなっている。北や東美濃は上杉との最前線で来れないのは分かるが、西美濃衆が誰も来ないとはどうなっているのだ」
「安藤守就殿から六角に不穏な動きがあるため、六角に備えるため西美濃衆は動けないと返答が来ております」
不破光治は安藤守就からの返答を淡々と答えた。
その答えを聞き声を荒げる道三。
「六角だと・・そんなものは単なる陽動・・牽制に決まっているであろう。兵を一人も出せぬだと、国境だけ固めておけばそれで済むはずだ。守就ともあろうものがそのような戯言を吐くか」
「道三様、他の国衆がおります。お気を鎮めてください」
不破光治の言葉に渋い表情をして口元を扇子で隠し声を低くする。
「西美濃衆は上杉に付いたと言うことか」
「確証はありませぬが、西美濃衆が誰も来ないところを見ると可能性はあるかと思います」
道三は思わず眉間に皺を寄せる。
「ならば、東美濃はどうなっている」
「戦も無く、上杉勢は無傷のまま東美濃に入ったとのこと」
「クッ・・東美濃の遠藤家は上杉に付いたか・・北はどうだ」
「東家の者達は戦っているようですが、圧倒的に不利な状況とのこと。次々に城を開城するもの達が出ているとのことです。北からの上杉勢は、敵対する国衆を徹底的に叩き潰して進んでいるとのこと。北も時間の問題かと思われます」
「尾張の援軍はどうだ」
「今川義元が尾張の国境まで進出してきており、織田家と睨み合いとなっているようで、すでに小競り合いが起きているようです。いつ本格的にぶつかり合うか予断を許さぬ状況かと」
「チッ・・・今川義元。余計な真似をしおって、ならば尾張国からの援軍は期待できんな。朝倉はどうなった」
「朝倉は六角と睨み合いとなっているとのこと。下手に動くと背後を突かれる恐れがあり動くことができないようです」
ますます不機嫌な顔をする道三。
「光治。この状況いかにする」
「和睦をするしかありませぬ」
「上杉が和睦を飲むとは思えん。わざわざ儂の討伐許可を将軍家に出させる男だぞ。土岐頼芸だけあれば大義名分が立つにもかかわらず、御内書まで手に入れる奴だ。まさに用意周到。美濃国周辺の大名達をことごとく動かし圧倒的に有利な状況を作りだすとは、恐ろしい奴だ」
「六角も今川も上杉が動かしたのですか」
「それしかありえん。多くの国持大名が時を同じくして動いているのだ。何らかの意志が働いていると考えるしかあるまい」
「流石にそれは・・偶然ではありませぬか」
「偶然だと、この世に偶然なんぞありえん。なら、どう説明するのだ。将軍家が動き、今川義元が動き、六角義賢が動く。そして上杉が大軍を動かしている。全て時を同じくしてだ。これだけのことが起きているのだ。偶然にこんなことが起きるのか」
「それを全て上杉家がやっていると」
「正確には、上杉晴景だ。奴しかありえん。こんな真似をやるのは・・これだけの軍勢と国持大名と将軍家が絡んでいるのだ。何らかの策が無くてはあり得ない」
「我らは圧倒的に不利な状況。ならば籠城いたしますか」
「光治。籠城は援軍が来るから、援軍の当てがあるから籠城できるのだ。この状況ではどこからも援軍は来ない。どれほど籠城しても状況は良くならんぞ。稲葉山で1年以上籠城できるのか。籠城している間に周辺は上杉の軍勢で完全に固められ、逃げることもできずに飢えて終わる姿しか思い浮かばんぞ」
「その間に尾張と今川の戦が落ち着けば援軍もあり得るのでは」
「その考えは甘い。甘いと言うしかないな。儂が上杉晴景なら、稲葉山を完全包囲したら、不要な軍勢は南下させて尾張の織田を今川と挟み撃ちにする。尾張も1枚岩では無い。上杉に味方するもの達が多数出るだろう。そうなれば尾張の婿殿も危ういだろう」
「ならば、城を出て戦うしかございません」
不破光治の言葉に不敵な笑みを浮かべる。
「その通りだ。当然だな。ジリ貧になり破れる籠城戦をするくらいなら、逆転を狙いひと勝負するしかあるまい。このまま、舐められたままで終われるか。蝮の毒は恐ろしいと知らしめてやろう。よし、上杉勢を迎え撃つぞ。出陣だ」
「はっ、承知しました」
稲葉山城は上杉との決戦に向けて慌ただしくなった。
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