第191話 痴れ者

飛騨国から美濃に入った宇佐美定満率いる上杉勢2万8千は、着実に美濃側の備えを討ち破り進軍している。

敵方が崩れ敗走しても無理な深追いはせずにゆっくりと確実に進めて行く。

幾度となく美濃国衆東氏側が敗走に見せかけ、伏兵をおいても全く動じることがなかった。

東氏側の焦りの色が徐々に濃くなっている。

「これは不味いな」

東家当主の東常慶とうつねよしは形勢が圧倒的に不利な状況に頭を悩ませていた。

「領地安堵で上杉に降ることは認めてもらえんのか」

上杉側に使者として赴いた家臣に問いかけていた。

「総大将宇佐美定満殿は非常に厳しい態度。過去の我らの内輪の粛清や嫡男常堯様の姿勢を問題されており、上杉家にふさわしく無いと申されております」

「ふさわしく無いか・・・」

東常慶は心当たりが多くあるため反論ができなかった。

特に嫡男常堯の悪逆非道に関しては、自らも思うところがあり次期東家当主に相応しく無いと思っていたところズバリ指摘されてしまい困り果てていた。

「このままでは、どのみち終わりだ。領地を減らされることもやむなしか」

東常慶は、戦いながら裏では和睦の道を模索して、密かに上杉側と交渉を続けていた。

上杉に使者を出すことにした。

「領地半減の件、承知したと・・・」

その時、部屋に嫡男常堯が入ってきた。

「上杉に降伏するのか」

「領地半減の条件を飲むことにする」

「俺ならもっと上手くやれる」

「ハッ・・・?何を言っている」

訝しく常堯を見つめる。

「俺なら領地を減らさずに交渉して見せよう」

「寝ぼけたことを言うな。下がっていろ。だいたいどうやって交渉するのだ。こちらには交渉材料すら無いぞ」

不敵な笑みを浮かべる常堯。

「交渉材料ならある」

「何だと・・どこにある」

「それは・・これだ」

いきなり脇差を抜き常慶の胸を貫いた。

「き・・・き・貴様・・・」

口からおびただしい血が吐き出される。

「親父。全ての罪をあんたに背負ってもらい。上杉側にあんたの首を差し出せばいいことだ。簡単な話じゃないか。クククク・・・ハハハハ・・・」

自らの考えに酔いしれ笑い続ける常堯。

畳に倒れる東常慶。

家臣達は呆然と見つめている。

「貴様ら、今からこの常堯が東家の当主だ。逆らうやつは切り捨てる」

血まみれの刀を家臣達に向ける。

常堯の言葉に表情が強張る家臣達。

「直ちに上杉に使者を出せ。東常慶は責任を取り自害した故、東常慶の首と引き換えに領地安堵で上杉に仕えることをお許し下さいとな。行け」

家臣達は慌てて部屋を出て行った。



上杉側本陣

宇佐美定満のもとに東家の使者がやってきて東常慶が自害したとの話をしてきた。

しばらくすると嫡男東常堯が東常慶の首を持って本陣にやってきた。

「この度、東家を継ぎました東常堯と申します」

「東常慶殿が自害したと聞いたが」

「父東常慶はこの度の責任を取り自害いたしました。自らの首でお許しいただき領地安堵をお願いしたいと申しておりました」

東常堯は東常慶の首を宇佐美定満の前に差し出した。

東常堯の顔にはわずかなら笑みが見える。

そして、欲で濁り切った目をしている。

「聞きたいことがある」

「はっ・・何でしょう」

「何故、父である東常慶を殺した」

「何の話でしょう。父はこの度の責任を負い自害いたしました」

「もう一度聞く。なぜ、東常慶を殺した」

「・・自ら腹を切ったのでございます」

東常堯の言葉に宇佐美定満は怒りを爆発させる。

「この痴れ者が!貴様が東常慶殿を殺したことを我らが知らぬと思っているのか、貴様は当主の座と自らの保身のためにその手で父を殺したにすぎん」

「・・そ・・・それは・・」

「そもそも、常慶殿とは領地は減らすが常慶殿は罪に問わぬとの話で交渉が進んでいた。どこまで領地を減らすのかの交渉をしていた。いきなり腹を切るなどありえん。さらに貴様を廃嫡にして、別の縁戚のものに当主を譲り隠居する話も出ていた」

「・・廃・・・廃嫡・」

父常慶が自分を廃嫡にすることを考えていたと聞き驚く常堯。

「廃嫡など間違だ。そのようは話は聞いておらん」

「貴様の悪逆非道ぶりに常慶殿はかなり悩んでいたようだ。貴様の悪評はかなり広まっていたぞ。そして、領民たちからも話を聞いてある。領民達への乱暴狼藉は日常的だと」

「領民達・・・東家嫡男である儂が領地の者達をどうしようが儂の勝手だ。とやかく言われる筋合いはない。領民どもは黙って領主の言うことを聞けばいい存在にすぎん」

「ここまで愚かとは。そもそも、貴様のやったことは我らの調略では無く自らの保身に過ぎん。我らの正式な交渉相手である東常慶殿を貴様が裏切り勝手に殺した」

「そんなことは些細なことだ。結果として父の首が手に入れば全て解決であろう」

「まだ分からんか。貴様が東家を継いだわけでは無い。どさくさ紛れに父を殺し、自ら勝手に東家の当主を名乗っているだけだ。東家の者達は誰も貴様に従わん」

宇佐美定満の言葉に、東常堯の背後にいた東家の家臣達が一斉に下がり常堯との距離を大きく開けた。

そして、太刀を手にした上杉家者たちが取り囲む。

慌てて背後をみる東常堯。

「こ・・これは・・騙したのか」

「騙す?・・我らを騙そうとしておいて、何を寝言を言っている。そんなことを言うなら自ら腹を切ってみたらどうだ。全ての責任を負ってだ」

「儂を・・儂を馬鹿にしおって」

東常堯は太刀を抜き宇佐美定満に切りかかるが宇佐美定満に一太刀で切り捨てられた。

「愚か者につける薬は無い。地獄で父に詫びるが良い」

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