第187話 御内書

京の都室町第。

足利将軍足利義藤に上杉晴景から書状が届けられた。

足利義藤は上杉晴景からの書状を読みながら思わず呟いた。

「いよいよ動いてくれるか」

「義藤様、如何されました」

控えていた六角義賢が将軍義藤に尋ねる。

「上杉晴景殿からの書状だ。美濃守護を追い出して美濃を乗っ取った斎藤道三の討伐許可を求めてきた」

「なんと」

「しかも、前美濃守護である土岐頼芸殿を保護したそうだ」

「お〜、頼芸殿は無事でございましたか。美濃を追われ、尾張も追われたと聞き心配しておりました」

「確かお主の妹が土岐頼芸に嫁いでおったな。上杉家が美濃を手に入れれば、我らの強い援軍となるであろう。美濃が上杉領となれば六角の近江を通じて京の都と繋がることになる」

「上杉家が来てくれるならば、対三好、対細川も勝ち目が出てきます」

「儂と縁組を組み、朝廷を動かした甲斐があったと言うものだ」

「ならばどう動きますか」

「斎藤道三は、おそらく織田と朝倉に救援を求めるであろう。義賢は朝倉が斎藤道三の支援に動くようなら朝倉を牽制せよ。無理に闘う必要は無い。牽制で良い」

「承知しました」

「儂は、美濃討伐の御内書を発給してやるとするか」

御内書とは、元々将軍の私的な文書であったが、徐々に将軍家の公文書に準ずる扱いとなっていき、やがて将軍の命令書に近い扱いとなっていた。

「御内書を出されるのですか」

「儂の御内書と土岐頼芸が上杉の手にあれば、大義がどちらにあるかは明白であろう」

「確かに」

「我ら足利の復権が近づいてきている」

将軍足利義藤はひとりほくそ笑むのであった。



美濃国東美濃

この地域は、古くから遠山氏が勢力を持つている地域。

古くから交通の要衝であり、武田信玄・織田信長・徳川家康らによる争奪が繰り返される地である。

北は中山道に繋がり、南は奥三河を経由して岡崎に繋がり、東は信濃、西は尾張に繋がる重要地点である。

遠山家宗家である岩村遠山氏は岩村城(現:恵那市)を居城としている。

分家である明知遠山氏は明知城、苗木遠山氏は苗木城を居城としていた。

三家で遠山三頭とも呼ばれている。

時代が降ると分家も増え遠山七頭と呼ばれることになる。

遠山家宗家の岩村城に遠山三頭の当主たちが集まっていた。

中心にいるは遠山家宗家の遠山景前とおやまかげさきである。

かなり白髪の混じった髪と顔に刻まれた深い皺が見える。

「さて、この先の我ら遠山一族の行く末を決めることになる重大な時が近い」

「景前殿、上杉家が美濃に矛先を向けてくると噂が流れてきている」

明知城主で明知遠山家当主である遠山景行は、当主となり10年ほど経っていた。

四十ほどの年齢になるが不安そうな表情をしている。

「どうやら、斎藤道三殿に美濃を追放された土岐頼芸様が上杉家に保護されているらしい」

「なんと、頼芸様が上杉家にいらっしゃるのか」

「それだけでは無い。どうやら将軍足利義藤様が上杉家に斎藤道三殿討伐の御内書を出されたらしい。上杉家の使者が持ってきた書状にそのことが書いてあった」

「それは本当なのか、信用できるのか」

「う〜ん。どうであろう・・・・実際に御内書を見たわけではないからな」

「父上」

岩村遠山家遠山景前の三男で苗木遠山家を継いだ遠山直廉(とおやまなおかど)が声を上げる。

「御内書は本当かと思います。将軍家は一色宗家の庶子の娘を養女として、上杉家の現当主である晴景殿に嫁がせました。それほどの間柄であれば上杉が望めば御内書も出るかと。さらに上杉家には土岐頼芸様も居られます」

遠山直廉の言葉に考え込んでしまう遠山景前と遠山景行。

「だが、道三殿のことは侮り難い。どんな手段に出てくるか分からん」

渋る遠山景前。

父の気弱な姿勢を見て、遠山直廉は語気を強める。

「父上。上杉家は既に11カ国を有しており、今川家も同盟相手となれば我らの敵う相手ではありませぬ。ここは上杉家に付くべきかと」

「う〜ん・・・」

「それとも、子々孫々に渡り将軍家や朝廷の御敵との汚名を受けるおつもりですか」

「流石にそれは・・・」

「ならば、答えはひとつ。美濃の国衆の多くが仕方なく道三殿に従っているだけ。大義があり、我らの力になってくれる方を選ぶだけでしょう。どこに迷う必要がありますか」

遠山直廉の言葉に頷く景前。

「分かった。我ら遠山一族は上杉家に降ることにする。景行殿もそれで良いか」

「上杉でいいだろう。我らは大義に従うのだ。大義に・・」

遠山一族が上杉家に付くことを決めて解散となりそれぞれが城に戻っていった。



遠山直廉が居城の苗木城に戻ると一人の客人が待っていた。

「遅くなって申し訳ない。村上義清殿」

上杉晴景から信濃国木曽一円を預かる村上義清であった。

数年前から直廉に近づき友好関係を築いていた。

「どうやら上手くいったようだな」

「弱気な親父達を上手く上杉に付くように誘導できた。近々、親父から上杉家に付くとの返事が行くことになる」

「それは上々」

満足げに頷く村上義清。

「義清殿、上杉晴景様にはよろしくお伝えくだされ」

「心得ている。東美濃衆を味方につけるために直廉殿の働きは多大な功績だったと伝えよう」

「よろしく頼む」

「他に力になりそうな国衆はどこだ。上杉家の進軍する場所を考えたら北美濃あたりはどうだ」

「北は東家になるが、親父は同じ国衆で付き合いはあるが、正直儂はあまり好かん」

「それはなぜだ」

「身内や縁者であっても、少しでも力をつけるようなら簡単に切り捨てる。謀略、暗殺なんでもありだ。道三殿と同じだ。特に東家の嫡男の常堯は悪逆非道と噂されるほどだ。正直、関わりたくないな」

「それほどまでに酷いか」

「あまり信用しない方がいいだろう。潰せるならどさくさに紛れて攻め潰した方がいいと思うぞ。それに、我らが味方につけば、あとはあまり気にする必要はないだろう。飛騨と信濃から上杉家と土岐家の旗印を掲げて攻め込めば、従う国衆は多いだろう。後は西美濃三人衆がどのように動くのかによると思うな」

「なるほど、西美濃三人衆と土岐家の旗か・・・」

「土岐頼芸様が上杉家に保護されていることは、既に多くの美濃国衆は知っている。土岐家の旗を掲げても問題無いだろう」

「分かった。晴景様には伝えておこう」

村上義清は、急ぎ信濃へと戻っていった。

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