第185話 立ち合い

天文21年7月(1552年)

越後府中春日山城

小夏姫一行がやって来た。

丹後半島を船で出て、海路北上して越後に到着した。

道中の海路は、全て上杉水軍の勢力圏内のため、襲われることもなく越後に到着した。

丹後を狙っている若狭武田は、将軍家と朝廷がかかわり、さらに重要な商売相手である上杉も関係するなら、流石に手を出す訳にはいかぬため何事なく済んだ。

そして、春日山城内で対面した。

目の前にいるのは、姫とは言え無いな。

髪を後で縛り、男の服装で脇差をもっている。

顔は整っていて美形。

そこにいるだけで絵になりそうだ。

男装の麗人といった感じだな。

横にいる小夏姫の実父である一色義幸は、困り果て疲れた表情をしている。

「遠いところこの越後の地までよくぞおいでくだされた。歓迎いたしますぞ」

「晴景殿、このような姿で申し訳ござらん」

一色義幸は小夏姫の方を見ながら申し訳なさそうにしている。

「旅の道中は動きやすい方がよろしいでしょうから問題無いでしょう」

「そうのように気を遣っていただき申し訳ござらん」

剣術好きはどうやら本当らしい。

弱い相手には嫁がぬと言ってことごとくその手の話は拒否していたそうだが、今回は将軍家と朝廷が関わるためなのかあっさりと承知したそうだ。

「小夏殿、遠い越後までようこそおいで下された。歓迎いたしますぞ」

「お初にお目にかかります。将軍足利義藤様の養女として参りました小夏と申します。よろしくお願いいたします」

「末長くよろしく頼む」

「晴景様、お願いがございます」

小夏姫の言葉に一色義幸が慌てる。

「小夏、控えよ!晴景様の御前だぞ」

「義幸殿、かまいませんよ。小夏殿言ってみなさい」

「ぜひ、この越後の地で盛んに使われる愛洲久忠様の創始された剣術を正式に学ばせていただきたいのです」

「剣術を正式にか・・・」

「小夏!馬鹿なことは言うな。晴景殿、小夏の申すことは取り合わないでくだされ」

「私は本気です」

「今まではどうされて来たのですか」

「腕に覚えのある家臣達から手ほどきを受け、あとは自己流でしょうか」

「なるほど、正式に学んだ事はないと。愛洲久忠殿は亡くなりましたが息子の小七郎殿がおられますから話しておきましょう」

「それともう一つございます」

小夏殿の言葉にますます渋い表情をする一色義幸。

「申してみよ」

「ぜひ、晴景様と剣術の立ち合いをお願いいたします」

「いい加減にせんか」

思わず声を荒げる一色義幸。

「言い出す可能性もあると考えていたが、本当に言い出すとは・・剣術好きの人間達のさがであろうか。いいぞ、この城の中にも小さいが道場もある」

「おやめください。娘の勝手な言い分でございます。どうか、どうか、おやめください」

一色義幸ほか随行して来た者達の顔色が変わり、皆慌て始める。

「儂がかまわんと言っておる。問題無い」

もしかしたら儂が負けたら帰ってくれるかもしれんのに、この申し出を断る訳にはいかん。

「兄上」

「景虎。どうした」

「まさか、わざと負けて小夏殿に丹後に帰ってもらおうなどと考えていないでしょうね」

軍神景虎が目を細めてこっちを見ている。

普段の目つきでは無い。戦に臨むときの目つきだ。

軍神の圧が凄い。

「・・・そ・そんなことを考えるわけは無いだろう・・ハハハハ・・・」

思わず乾いたような笑い声を漏らす。

鋭いな。儂がギリギリの勝負にして、負けたらもしかしたら自分より弱い相手の下には、行かないと言ってくれるかもしれんなと考えていたのだが。

「この小夏が勝っても負けても晴景様と共に生きる所存でございます。晴景様の腕前を存分に振るって頂きたく思います」

男装の麗人はにこやかな笑顔で動じることがなかった。

「・・・わ・・分かった」

志乃と景虎・小夏殿はにこやかな笑顔だ。

それに比べ、随行員一同と自分は全てが終わったかのような表情だ。

仕方なく道場に向かう一同。

道場で相対する晴景と小夏姫。

「兄上、この景虎が立ち合い人となりましょう」

景虎が進み出てくる。

「兄上は、師である愛洲久忠殿も誇りとする弟子と聞いております。免許皆伝者としての誇りと腕前を披露して頂きたく思います」

「景虎。お前ワザと言ってるだろう」

「何のことでしょう。兄上の免許皆伝は事実。隠す必要もございません」

とぼけたよう口調の景虎。

絶対に儂がわざと負ける真似をさせないつもりだ。

ここまで言われてしまったらそんな事もできん。

「晴景様、よろしくお願いします」

小夏姫はめっちゃやる気ですよ。

いくら戦国乱世の世でも木刀で女性を叩くのは流石にな。

「始め!」

景虎の掛け声で小夏姫が一気に踏み込み力一杯木刀を晴景の頭上に振り下ろしてくる。

「は・早・・」

想定以上の早さに慌ててギリギリで避ける晴景。

あの勢いで当たってたら頭蓋骨陥没ですよ。

殺す気か。

嫁いだその日に亭主の頭を割ろうとするのか、おかしいだろう。

次々に木刀を振り、晴景に襲い掛かる。

必死に避ける晴景。

時々、木刀を合わせて跳ね返す。

怪我をさせる訳には行かないから、小夏姫が疲れるまで持久戦でいくしかない。

木刀を避け、時々木刀を合わせて跳ね返すをひたすら繰り返す。

木刀を振る速度が落ちて、木刀を合わせたときの力を弱くなってきた。

そろそろだろう。

木刀を強く弾き返したら小夏姫の木刀が手から離れて、道場の床を跳ねて隅に転がっていく。

首元に木刀を突きつける。

「参りました」

小夏姫が降参してやっと決着した。

そこに軒猿衆からの報告が入った。

「上総国衆の土岐為頼殿から至急目通り願いたいと申していると、江戸城で留守を預かる斎藤朝信殿よりの書状でございます」

書状に目通すなり景虎に声をかける。

「至急、江戸に戻るぞ」

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