第184話 晴景は義元に諭される
将軍家の使者と朝廷からの使者の一行へのもてなしも終わり、ようやくお帰りいただいた。
当然、手土産もたっぷりと持たせてである。
将軍家と朝廷へのお礼。使者として来たもの達への謝礼。
かなりはずんだつもりだ。
将軍家の養女となる小夏姫の実父である一色義幸殿にもしっかりと手土産をはずんだ。
そして、皆、ホクホク顔で帰って行った。
さて、問題の部分をしっかりと注意しなくてはいかんだろう。
「さて、皆のもの。言い訳はあるのか」
晴景の前には、正室の志乃、次期当主景虎、直江実綱、軒猿衆たちが控えている。
「これは、上杉家のために行ったことで、めでたき事」
正室の志乃が口を開く。
「確かにめでたい事ではあるが、昔、儂は側室は持つ気は無いと話したではないか」
「朝廷と将軍家から、わざわざ声を掛けていただけたのです。名誉なことではありませぬか」
「そうですよ。兄上にとって、上杉家にとって、実にめでたき事」
景虎は晴景の正室志乃の言葉に同調する。
晴景は、大きなため息を吐く。
「めでたい事には必ず義務が生じる。めでたければ、めでたいほどその裏にある義務は大きくなる。将軍家と朝廷が絡んでいる以上求められる義務は一層大きくなる」
「兄上、何をそんなに憂えているのです」
「京の都。将軍家と朝廷は、我らの何に期待していると思う」
「我らの力。武力と財でしょうか」
「当然であろう。京の都の治安を維持して将軍家に靡かぬもの達を打ち倒したいのだ。我らの力を利用してだ。我ら上杉の兵達は、厳しい軍規を守る。行く先で略奪行為は行わない。それでいて強い。欲しくなるだろう。希望に応えて多少の兵力を出してやるとしよう。だが、我らの領地の西から京の都まで最短で何カ国あるのだ。京と我らの領地が接しているわけでは無い。間にある大名達が敵に回ったら京にいる兵達が孤立するぞ。最悪、京に送り込んだ兵達を見殺しにする事にもなる」
「将軍家に従っている我らに敵対するなど・・・」
「甘い。甘いぞ。人の欲は恐ろしいものだ。損得勘定だけでは無い。妬み、嫉妬だけでも人は敵に回る。陸路では、美濃国斎藤家、近江国六角家。もしくは加賀を押さえる本願寺や越前の朝倉家。これらが敵に回れば陸路では増援は送りこめん。海路では若狭の武田。海路の難波方面は三好の勢力下にあるため論外だ。京に兵を送り込んだ後に、周囲が手を組んで敵に回ったらどうする。さらに、京に兵力を送り込むとなれば、寺社と戦うことを覚悟しなくてはならんぞ」
「寺社とですか」
「加賀国を見ろ。本願寺の支配下にある。今の寺社は大名と同じだ。お前達に比叡山を焼き討ちにする覚悟はあるか」
「比叡山を焼き討ちにですか・・・」
「比叡山は大名並みの兵力をもっている。多くの僧侶は、仏門とはかけ離れた生活をしている。さらに、自分達の要求を通そうとして僧兵達を動かすことも度々だ。仏門の名を借りた大名になっているのだ」
比叡山焼き討ちを問われ黙り込む一同。
「もはや事は動き出している。止めることはできん。将軍家、朝廷に恥をかかせる訳にはいかんだろう。お前達に言いたいのは、物事を簡単に考えるな・・・」
晴景が皆に話していたところ広間の外から声がかかる。
「晴景殿、少しいいかな」
帰ったはずの今川義元が入ってきた。
「義元殿、帰ったのではなかったか・・」
今川義元は少し笑いながら広間に入って来て晴景の前に座る。
「お主のことだ、此度のことで皆を怒っているだろうと思ってな」
「これは、当家の問題」
「上杉家は大きくなり過ぎたのだ」
今川義元の言葉に驚く晴景。
「大きくなり過ぎた・・・」
「そうだ。大きくなり過ぎた。もはや、将軍家も朝廷も上杉家を放っておく訳にはいかぬほどに大きくなり過ぎたのだ。2〜3カ国を持つ程度の離れた国ならば、将軍家も朝廷も放っておくだろう。だが、今の上杉家は11カ国を持ち、同盟国の安東と我ら今川、同盟相手でなくとも上杉家に従う国も含めれば20か国を超える。それほどまでに上杉家は圧倒的な力をもっているのだ。だが、お主にはその自覚が無い。東では奥州を除けはほぼ上杉の勢力圏内になる。それなのにお主にはその自覚が薄い。お主は先ほどめでたい事の裏には義務があると申したな。それと同じだ、大きな力にはそれに相応しい義務が生じる」
今川義元の言葉に晴景は少し苦笑いを浮かべる。
「義元殿にそう言われてしまうと反論できんな」
「儂の方からお主に側室を送り込みたかったが将軍家に先を越された。何ならもう一人どうだ」
「オイオイ・・・」
「ハハハハ・・・冗談だ。だが、もはや動き出している。この流れは変えられんぞ。大きな力に相応しい義務を果たさねばならんぞ」
「分かっている」
「すぐに京の都に兵を寄越せとは言わんだろうが、そんなに時間があるわけでも無い。ならば、京の都との間にある国をどうにかするしか無いだろう」
「ハァ〜・・面倒ごとばかり来るな」
「それは仕方あるまい。お主は面倒ごとに好かれる定めだと思い諦めろ」
今川義元の言葉に項垂れる晴景であった。
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