第183話 晴景は罠にはまる

江戸城に足利将軍足利義藤様から何やら使者が来るとの先触れが来た。

何の話なのか確認しようとすると江戸城に着いてから話すと言われてしまう。

将軍家の先触れが帰った後に越後府中から正室志乃がやって来た。

「一体どうしたのだ。江戸まで・・」

「一年以上も帰って来なければ心配にもなります。先ほど聞きましたら将軍家からの使者もいらっしゃるそうではありませんか、貴方と景虎殿でしっかりとおもてなしが出来るのですか」

「それは・・・」

「越後府中から奥の者達も連れて来ております。将軍家の使者の方のおもてなしは御任せください」

「・・・分かった。頼む・・」

何だろうタイミングが良すぎる。

将軍家の先触れが帰ったらすぐに越後府中にいる志乃が来る。

何か釈然としないまま日々がすぎ、やがて使者のやって来る日がやって来た。

将軍家の使者を待っていると今川義元殿がやって来た。

「義元殿。いったい・・・」

「京の都より使者を案内して参った」

「京の都の使者?」

今川義元が入ると、同時に数人の使者と思われる者達と、どう見ても公家にしか見えない者達も一緒に入ってきた。

「足利将軍足利義藤様よりの使者として参った丹後守護一色義幸である」

「ようこそおいで下さりました。上杉晴景にございます。此度の要件について何も聞かされておりませぬが如何なる要件でしょう」

「将軍義藤様は上杉晴景殿の幕府に対する貢献。天下安寧に対する働きを非常に大きく評価されておる。そこで、現在治めている越後、佐渡、越中、飛騨、信濃、甲斐、相模、上野、武蔵、安房、上総の守護に任じる。さらに、将軍足利義藤様の御息女の上杉晴景殿への輿入れを認めることとする」

「・・えっ・・御息女の輿入れ・・?」

「そうだ。将軍家との縁組である。これは既に決定であり、帝も大層お喜びである」

「将軍家と縁組ですか・・・」

「そうだ」

「聞いておりません」

「周辺には話してあるが、晴景殿には直前まで伏せるように将軍様の命である」

周辺を見ると、志乃と景虎が今にも笑い出しそうにしている。

二人して何をしているのだ。

将軍家に動かされるとは、儂を心配してのことだと分かっているがこの先が心配だ。

「・・帝もお喜びと聞きましたが・・・・」

「大変喜ばれ、すぐさま祝いの勅使を出されることにされ、一緒に祝いの勅使も来ておる」

「えっ・・一緒に来ている!」

一緒に来ている公家衆がにこやかな笑顔を見せる。

この公家衆が帝からの勅使なのか。

今川義元がにこやかな笑顔で口を開く。

「晴景殿、諦めよ。将軍様は本気だぞ。既に帝にも話は通っている。戦で言えば既に詰んでいる状態だな。ここまで手を打たれたらどうにもならんぞ。朝廷にも将軍家にも恥をかかせる訳にはいかんぞ」

既に、将軍足利義藤様の策にやられてしまった。

流石に帝と将軍家の面子を潰すわけには行かない。

「義元殿、いったいいつからこの件に加わっていたのだ」

「将軍様がこの策を考えられてすぐだ。この策を聞いた時には驚いたがな」

「前もって話して欲しかったな」

「お主のことだ。前もって知れば、この策を潰すように動くであろう。それゆえ、秘密裏に行うしかなかったのだ。それに悪い話ではあるまい」

「してやられたか・・義元殿・・・分かった」

晴景は観念して一色義幸殿の方を向く。

「承知いたしました。将軍家の格別なるご配慮に感謝いたします。謹んでお受けいたします」

「騙すような真似をして申し訳ない。将軍家御息女は、我が娘の小夏姫であり、将軍家の養女としての輿入れである」

「なんと一色家の御息女ですか」

一色家はかなり足利将軍家に近い家系だ。

「将軍様は上杉家に期待しているのだ」

「期待に添えるようにいたします」

すると控えていた公家と思われる者達が前に出てきた。

「麿は、山科言継やましなときつぎ。帝よりのお言葉でおじゃる。朝廷に対する日頃からの敬親は大きなものである。将軍家と力を合わせ天下安寧に力を尽くすことを期待しておる。それゆえ、左近衛少将従四位下に任じるものである」

「謹んでお受けいたします。帝の特別なるご配慮に感謝いたします」

いきなりの左近衛少将従四位下か、今まで左衛門少尉正七位上のまま放っておいたから大幅な昇進だな。

しかも近衛府。朝廷の軍事と警備を司るところだ。

本来の歴史で織田信長が右近衛大将と右大臣を兼務していた。

征夷大将軍はいわば臨時特別職であり、朝廷内の位置付けでは必ずしも高いわけでもない。

朝廷内では、左近衛大将や右近衛大将の方が軍事部門の最高責任者になる。

足利義藤様は、現在征夷大将軍であり、参議、左近衛中将を兼任されている。

日本の位は、右と左があれば左が上位となる。

「晴景殿」

一色義幸殿が声をかけてきた。

「娘の小夏姫は、静かにしていれば見目麗しいのだが・・・武芸が大好きで毎日刀と槍を振っているのだ。おそらく、ここに来たら武芸の手合わせを希望するだろうな・・すまんな」

一色義幸殿が妙に疲れた表情をしている。

「その程度でしたら問題無いかと」

「・・いや・・一本取れるまで挑むかもしれん・・あやつの性格では」

「1本取れるまでですか」

「おそらくな・・あとはよろしく頼む。静かにして居れば、見目麗しいのだ。静かにして居れば・・・それと、家事は全くできん」

小夏姫かどんなことになるやら。

毎日木刀で戦う夫婦になるのか。

将軍様の策で、とうとう京の都の戦にも介入していくしかない状況となってしまった。

上杉家の軍勢の配置を見直す必要が出てくることになるだろう。

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