第182話 足利将軍の悩みと策

京の都は仮初の平穏な日々であった。

細川晴元、三好長慶、将軍家、朝廷。

それぞれの思惑が絡み合い均衡を保つことで生じた平穏であった。

何かが一つ崩れたら戦いが始まる。

そんな緊張感を秘めた平和であった。

足利将軍の邸宅である室町第(別名:花の御所)の一室で13代将軍足利義藤(後の足利義輝)は思案していた。

どうすれば将軍家の権威を取り戻せるのか、どうすれば乱れた世を平穏にできるのか。

いかにして乱れた秩序を取り戻すのか。

その部屋の中には、近江守護である六角義賢ろっかくよしかたと代々将軍家の宿老の一人でもあった一色家宗家である一色義幸いっしきよしゆきがいた。

一色家は足利一門に連なる一族であり、元々足利将軍家の四職を務める四つの家の一つでもあり、家格から言えば同じ足利一門の今川義元よりも上である。

四職とは将軍家の軍事を司り、京の警備と治安を将軍家宿老である四家が交代で司っていた。

しかし、一色義幸は丹後守護であるが若狭武田の侵掠や下剋上ため、力を大きく落としていた。

「どうすれば将軍家の威光を取り戻せる」

「将軍家の御威光はこの日本の隅々まで行き渡っております」

「義賢。そのような上辺だけの言葉で儂が喜ぶとでも思っているのか」

六角義賢の言葉に苛立ちを見せる足利義藤。

「そのような・・・」

「世の乱れようは何だ。皆好き勝手に戦を起こし、町や村を焼き略奪をする。何度も京の都で戦が繰り返される。将軍が止めよと言っても聞かぬ。何だこの有様は、仏門の者たちまで己の要求をを通すために戦を始めているではないか」

そこに一色義幸が口を開く。

「そもそも、ここ20年ほどの大半の戦は細川管領家が招いたもの。細川高国殿と細川晴元殿の細川家の内輪揉めに将軍家や周辺の大名家を巻き込んだものです。そして近年の三好家の横暴。三好家は元々細川晴元殿の家来のはず。その晴元殿の家来が晴元殿から離れて好き勝手にやっていて、晴元殿もどうにもできない。その結果、三好家の者達が周辺の荘園を略奪をくりかすことになっています」

「細川管領家と三好をまとめてどうにか出来んのか。義賢。六角の兵力で、まとめてどうにかできんのか」

「義藤様、戦えと言われれば戦えるかと思いますが、まとめて打ち倒すとなれば、正直難しいかと。三好長慶の勢いは侮り難いものがございます」

「細川管領家を抑えこみ、三好長慶を蹴散らせるものが必要だ」

「義藤様」

「義幸、何か策はあるのか」

「可能ならば上杉家の力を利用するのはいかかでしょう。既に上杉家は11カ国を従え、将軍家に連なる今川家とも強い同盟関係にございます。その戦における強さ、もっている財力は桁違いと聞き及んでおります」

「儂もそれは考えた。あれほどの力を持つ大名家だ。だが、何度も上洛をして欲しいと伝えたが頑として応じてくれん。父の弔問に来てくれただけだ」

「ならば、今川家を巻き込んで先の将軍様の法要を理由に呼んでみてはいかがでしょう」

「それだけでは弱い。たとえ呼べても力を貸してはくれんぞ」

「義藤様」

六角義賢が声を上げる。

「義賢。何か策はあるのか」

「以前、亡き父の定頼が話していた策がございます」

「それはどのような策だ」

「上杉家と将軍家で縁戚関係を結ぶことでございます」

「当主である晴景殿、次の当主に決まっている景虎殿も難しいぞ。晴景殿は側室を持とうとしない。景虎殿は元々仏門に入り仏に使えるつもりだったから妻子は持たぬことを条件に上杉家を継ぐことを承知したのだ。その二人に縁組は難しいぞ。その二人以外に縁組をしても当主でなければ意味がない」

「周辺を味方につけることが重要かと。上杉晴景殿は側室を持とうとしないため、晴景殿の正室志乃殿からは側室を持つように晴景殿に強く言われていると聞いております」

「なるほど、晴景殿にまだ一途の望みがあるか。なら、まずは周辺を攻め落とすか。何もしないよりはマシだ。やってみよ」

「承知しました」

「だが、誰を輿入れさせるのだ。儂の周辺にはいないぞ」

「義幸殿」

「義賢殿どうされた」

「お主のところにいる。側室が産んだ姫。誰もが見惚れる見目麗しい姫が一人いるではないか。ジャジャ馬・・・いや武芸が大好きな女子が」

急に渋い表情をする一色義幸。

「あれは・・・弱い男、弱い大名家には行かぬと言っている。とてもじゃないが儂の手に余る」

「上杉晴景殿は強大な大名。しかも晴景殿は赤鬼と呼ばれたこともあると噂で聞いたことがある。さらに、陰流の免許皆伝者でもある。条件に合うだろう」

六角義賢の言葉を聞き足利義藤が一色義幸に命じた。

「ハハハハ・・・・確か小夏姫であったか、武芸好きだけではなく、何でもそつなくと聞いたぞ。問題なかろう。ならば儂の養女。将軍家の養女にすればいい」

驚く一色義幸。

「流石にそれは御畏れ多い」

「儂が構わんと言っている」

「よろしいのですか」

「一色家にとっても悪い話ではないだろう。今川家の家臣に一色家の血縁である吉良家もいる。今川家も力になってくれるだろう」

「そこまでおっしゃるのでしたら・・・わかりました。説得いたします」

「事前に周りを固め外堀内堀を埋めて、朝廷を含めた正式な使者を出せば断ることはできんだろう。念のために朝廷にも話を通しておくか」

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