第181話 サトウキビに誘われて

天王寺屋が手に入れたサトウキビを、房総半島の植えて生育状況を見ることになる。

上杉家の直轄領での栽培であり、再建した久留里城を任せる房総半島を管理する城代の目の届く場所での栽培だ。

白い砂糖は技術的にまだ難しいだろうから、サトウキビの煮汁を煮詰めて作る黒糖になる。

サトウキビの1年後の収穫が楽しみだ。

養蚕による良質な生糸が作れれば、砂糖・生糸・鉄砲は国産で賄える。

明国の白磁に関しても、それに近いものは作れる。

そうなると輸入しなければならないものはほぼ無くなる。

国内の金銀が海外に流失する割合は大きく減り、日本の富が国内で循環する。

せいぜい他の大名達が火薬に使う硝石を輸入するくらいだ。

その硝石も上杉領で作っている。

明や南蛮人は困るだろうな。

このまま行くと代わりに日本に対して売る物が無くなるだろう。

今回のサトウキビの栽培が上手く行ったら、大幅に作付けを増やして輸入砂糖の排除を目指そう。

そんな訳で景虎とサトウキビの苗を植えるための打ち合わせをしていると、どこからか聞きつけて今川義元がやって来てしまった。

今川水軍の安宅船で江戸の湊に押しかけてきたのだ。

「晴景殿。面白い作物を手に入れたらしいではないか」

江戸城で景虎とサトウキビの管理について話していたところ、勝手知ったる我が家の如く今川義元が入ってきた。

確か、伊賀の百地一党を雇いれていたからそこから情報が入ったか。

「めざとい・・いや、耳ざといと言った方がいいのか・・」

呆れる晴景の前に義元が座る。

「儂にも教えてくれんか、かなり儲かる作物らしいではないか」

「何なのか分かって聞いているのだろう」

義元はニヤッと笑う。

「晴景殿から直接聞いた方が確実であろう。まだ公になっていない事だしな」

「仕方ない・・砂糖だ。砂糖を作れる可能性がある作物だ」

「やはりか・・だが、作れるでは無く、作れる可能性があるとは・・」

「初めて国内で栽培するのだ。まだ本当に育って、砂糖が取れるのかやってみなければ分からん。元々はもっと南方の年中暖かい異国で作られているものだ」

本来の歴史であれば、後世に栽培できているから大丈夫だと思うが、実際やってみなければ分からん。

「だが、わざわざ取り寄せてやる以上は、ある程度勝算があるのであろう」

「やれやれ、お主は本当に情報が早い」

「情報の大切さ。それは晴景殿に学んだのだ。儂も加えてくれ」

義元が詰め寄って来る。

「分かった。分かった。本当は、栽培が確実にできることが確認できてから話すつもりだったんだが、仕方ない。お主も最初から一緒にやってもらうぞ」

「さすが、大大名上杉殿よ」

「ついて来てくれ」

江戸城内の一画。

サトウキビの苗が置かれている。

「これがサトウキビの苗だ。これから上総の暖かい場所を選んで植える予定だ」

「ほ〜。これが育つと砂糖の原料になるか」

義元がまだ小さな苗をみて呟く。

「1年かけて十尺程度の高さに育つらしいぞ」

「そんなになるのか・・これはいいな。うん、いい」

義元がこちらを見ながらしきりに呟いている。

すぐにでも欲しいとしきりに目で訴えているようだ。

「今ここにある内の30株ほどを分けてやる。領内の温かくて盗まれないような場所に植えてくれ」

「さすがは晴景殿。日本一の大名だけある。太っ腹よな。助かるぞ」

「複数箇所で栽培すれば、万が一どちらかがダメになってもどうにかなるだろう」

義元に1冊の手書きの書を渡す。

「栽培しているものから聞き取った栽培に関する内容だ。これもつけてやる」

「まさに至れりつくせり。儂の任せろ。しっかりと砂糖を作ってやろう」

そこに家臣が慌ててやってきた。

「どうした」

晴景の問いに家臣が義元を見て一瞬話すことをためらった。

「義元殿なら心配いらん。何が起きた」

「ハッ、尾張国織田信秀殿が病で死去。嫡男信長殿が継ぐとのことですが・・・」

「どうした」

「・・葬儀のとき、織田信長殿が大変なことをしでかしたようで」

「何をしたのだ」

「喪主でありながら葬儀に遅れ、しかも葬儀の場に多くの僧侶や尾張守護・縁者・重臣達が居並ぶ中に荒縄の帯に太刀を下げた姿で現れ、抹香を手で掴むや織田信秀殿の位牌に投げつけて出ていったとのこと」

そのことを聞いた義元と晴景の二人は大笑いを始める。

「「ハハハハ・・・・・」」

「義元殿、兄上、何がそんなにおかしいのです」

景虎は慌てて二人に問いかける。

「景虎殿。尾張の大うつけは、周囲の評判とはかけ離れたとんでもない男かもしれん。恐ろしいな。うっかりしていたら儂らの首を取られかねんほどにな・・流石は織田信秀の後継者だ。しかし、その場で見てみたかったな」

義元の呟きに晴景も応じる。

「さすがだ。やるじゃないか。儂もぜひその場で見たかったな。きっと他の連中は肝が冷えて顔が真っ青になり、次に怒り沸騰で顔が真っ赤になっただろう。次に信長がどんな手に打って出るのか見ものだ」

「これで尾張の連中は、信長が大うつけと確信して舐めて油断することになるな。これは、葬儀の場に殊勝な顔で居並び、腹の中で信秀の死を喜んでいる尾張国内の連中に対する宣戦布告と同じだ。数人はその意味を分かっていて青くなっている奴がいるかもしれんがな。本当は抹香を葬儀に居並ぶ連中に投げつけたいと思っていたのかもしれん」

「怖いやつが目を覚まし始めてる。用心せねばなるまい」

上杉晴景、今川義元、二人の話に釈然としない景虎であった。

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