第179話 下野国仕置き
壬生勢が逃げ出した宇都宮城に景虎達は入った。
芳賀高定は,至る所が大砲で破壊された宇都宮城を見ながら上杉の強さに驚いていた。
宇都宮城での戦いで上杉側には,死者は出ていない。
敵を包囲して大砲と鉄砲を一方的に撃ち込んだだけであった。
上野国からここまでの道中の戦では,個々の兵の強さを見せつけられた。
上杉家の兵は皆鍛え上げられている。
他の大名家の戦では,農民達を集めて戦う。
とりあえず数を揃えてた方が勝つという考えだ。
上杉家でも農民を使うが他の大名に比べれば圧倒的に少ないようだ。
考え事をしていたら上杉景虎様から声をかけられた。
「芳賀殿どうされた」
「これは景虎様」
「何か考え事をされていたようだが」
「上杉家の強さに驚いておりました。さすが上杉家は精鋭揃い」
「虎豹騎軍のことか」
「はい」
「上杉家直属の者達だ。元々は兄上が組織された軍勢」
「晴景様がですか」
「越後国は昔は貧しかった」
「越後国は豊かだと聞いております」
「それは今の話だ。昔は米の取れる地も少なく,災害に弱く,川が氾濫すればたちまち餓える。わずかばかりの作物では暮らせない農民達は,戦があれば戦で乱取りをすることで、どうにか生活できた」
「それはこの日本のほとんど国が同じではないですか」
「兄上はそれを嘆いてどうにかしたいと考えていたのだ。農民を戦に使い続けていればますます田畑は荒れ,作物は取れなくなる。だから,できるだけ農民を戦に使わずに済むようにする。そのために,直属の虎豹騎軍を作ったのだ」
「直属軍ですか」
「武芸を鍛え,軍略を教え,新田開発,河川改修を繰り返してきた。新しい作物を取り入れ,飢饉の対策もしてきた。実際,数年前の飢饉の時は上杉家の支配下の領地では,餓死者を出さなかった」
「ここ下野では,少なからず餓死するものが出ました」
「京の都周辺では,数万の餓死者が出たと噂に聞いた」
「どうすれば下野国を豊かにできますか」
「それは,そこを支配する大名と国衆しだいだ」
「大名と国衆ですか」
「皆が野心と領土欲を捨て,戦をやめなければ難しいだろう」
「なかなか景虎様のようになるのは難しいでしょう」
「儂は兄上の後ろをついてきただけだ。儂だけだったらここまでのことはできん」
「上杉様なら日本の国を豊かにできるのではありませんか」
「兄上ならできるかもしれん。だが,兄上は戦が嫌いだ。戦わねばならん時は儂も驚くほどに果断に戦うが,戦わずに済むならそうしたいと考える方だ。誰よりも優しいのだ」
「優しさと強さを兼ね備えているのでしょう。そうでなければそれだけ多くの者達はついてきません」
「儂の自慢の兄だ。下野を豊かにしたいなら兄上に相談されるといい」
「分かりました。晴景様に相談させていただきます」
修復工事の進む宇都宮城に下野国の国衆が集められた。
城の周りには朱塗りの甲冑を身に付けた上杉勢の兵が警戒している。
朱塗りの甲冑を付けた兵が多数警戒する中を通りながら城に入って行く。
城の広間に入ると広間の奥の上座には、伊勢寿丸と上杉景虎。
その一番手前に芳賀高定が座る。
上座周辺には、上杉家でも選りすぐりの陰流の使い手たちが控えている。
景虎が口を開く。
「上杉景虎である。宇都宮家を乗っ取り専横した壬生綱房から宇都宮家を取り返すことができた。壬生の所領は全て没収して宇都宮家の直轄領とする。壬生家の者で宇都宮家に仕えたい者は銭雇いとする。壬生綱房が宇都宮城から逃げ出す前に恭順を示したものは所領安堵。壬生綱房が宇都宮城から逃げた後に恭順したものは、所領を3割減らすこととする」
「そんな・・・」
「さすがにそれは・・・」
国衆達の呟きが聞こえてくる。
「はっきり申し渡しておこう。不満があるならいつでも戦にて決着をつけよう。儂は構わんぞ。儂が兄上である上杉晴景様から預かっている関東一円の上野国、武蔵国、相模国、甲斐国、上総国、安房国の全ての国衆と戦う覚悟を持たれよ。ついでに言っておこうか、蘆名家、佐竹家から上杉家とは戦うつもりは無いとの約定も届いている。古河公方足利義氏様からも此度の下野に関してはこの景虎に任せるとのお言葉をいただいている」
あまりにも違う力の差に国衆は何も言えない。
この状況を変えるなら蘆名、佐竹の力が必要だが、両家とも上杉と戦わない。
「壬生家はどうする。我らと戦うか」
景虎の言葉に壬生綱房の弟である徳雪斎が口を開く。
「我ら壬生ものは不満はございません。沙汰に従います」
「徳雪斎殿、本気か」
壬生家臣が不満を言い始める。
「合羽殿、宇賀神殿、不満なら貴殿達だけで戦えばいい。他の国衆を巻き込むな」
現在の壬生家を事実上預かる徳雪斎からの、突き放すような言葉に皆何も言えなくなる。
宇都宮家は嫡男伊勢寿丸が正式に継ぐことが決まった。
後見人は上杉景虎。
家老は芳賀高定。
壬生家の所領は全て没収され宇都宮家の直轄領とし、敵対した国衆は、壬生が逃げる前に恭順したものは所領安堵。壬生が逃げた後に恭順した者は3割ほど所領を減らされることで決着した。
上杉家の圧倒的な戦力を見せつけられた国衆は、条件を飲み従うか滅ぶかの選択しかなかった。
宇都宮城から逃げた壬生の所領が全て没収されたことが国衆に衝撃を与え、全ての所領を失うよりはマシと言うことで従うことを選択するのであった。
宇都宮城を逃げ出すことができた壬生綱房たちは、自らの所領に戻ろうとしたが所領には多くの上杉勢が待機しており所領に戻ることを諦めるしか無かった。
「父上、那須に向かうしかありません」
「綱雄、仕方あるまい。那須に行き再起を図ろう」
壬生綱房は所領に戻らず那須行きを決める。
急ぎ那須に向かう壬生綱房。
休まずに急いでいた一行だが、さすがに疲れたのか休もうとしたその時であった。
激しい鉄砲の音が響き渡った。
街道横の林の中から鉄砲で撃たれたのだ。
「上杉の待ち伏せか、こんな所まで・・」
鉄砲の音が鳴り止まない。
「綱房様、急ぎお逃げくだ・・」
鉄砲の攻撃をやめさせようとして、鉄砲隊の潜む林に突入しようとする者達は、次々に鉄砲に撃たれ倒れていく。
上杉景虎は、わざと那須方面に逃げやすいようにしておき、この場所で鉄砲隊で仕留める予定で鉄砲隊を伏兵として用意しておいたのだ。
やがて、壬生綱房、壬生綱雄の両名も鉄砲に撃たれ倒れたのであった。
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