第177話 先手を打たれる

上杉晴景は、厩橋城にて政務に追われていた。

景虎が溜め込んだ書類をひとつひとつ確認して、決済をしながら家臣達に必要な指示を出していく。

「下野に向かった者たちの兵糧はどうなっている」

「晴景様。遅滞なく用意できております。随時、後詰め部隊を通じて各隊へ送り出しております」

「それで良い。領内での食糧の不足は起きていないか」

「不足は起きておりません」

「関東一円で他に戦ごとや災害は起きてないか」

「今のところ、そのような報告は来ておりません」

「上野国での養蚕の拡大はどうなっている」

「農民達への通達をしたところにございます」

「養蚕で作られた生糸は全て上杉家が銭で買い上げる。良質の物には、銭を上乗せするとも伝えよ」

「承知しました」

家臣達が慌てて出ていく。

上杉領内で養蚕により出来た生糸は、上杉家で全て買い上げ一括管理して、品質の向上と価格の管理をして、明国からの絹は締め出して国内市場を独占することを目指すつもりだ。

適当なところで、書類は後回しにして上野領内を回ろうと考えている。

名目は養蚕の状況確認。

上杉晴景は、そんなことを考えながら書類を見て、再び署名と花押の書き込みを始めた。

暫くするとそこに越後府中に居るはずの直江実綱がやってきた。

「実綱。急に越後府中から来るとは、何か起きたか・・」

直江実綱は、眉間に皺をよせてたいへん厳しい表情をしている。

その表情にただならぬものを感じる晴景。

「晴景様」

「何が起きた」

「この状況で申し上げにくいのですが、実は・・・晴景様にご決済いただく書類が溜まっております」

「エッ・・・」

「今回、晴景様はかなり長いこと関東におられます。そしてこの度の下野の件。最悪、来春まで戻られない恐れがあるかと判断いたしました。そこで厩橋城に、まだ当分の間在城されると聞きましたので急ぎやってまいりました」

直江実綱の後ろに家臣達が大きな包みを次々に運び込んでくる。

「それ・・全てか・・」

「はい、急ぎお願いいたします。色々と政務に支障が出ておりますので、決済いただいたものから越後府中に送ります」

「・・・ハァ〜・・」

大きくため息をつく晴景。

「わかった」

仕方なく急ぐものから黙々と書類に取り組む。

晴景が書類に取り組む最中、直江実綱は同じ部屋にいた。

「実綱。常にそこに控えておらんでもいいぞ」

「いえ、必要な説明もございます。それに、晴景様はそろそろ書類の決済が嫌になり書類を放り出して、上野国内を見回ると言って出かけようとされる可能性があるかと・・」

にこやかに言う直江実綱。

「・・・・・」

実綱に行動を見透かされているため、何も言えずに黙々と処理をしていく晴景であった。



下野国宇都宮城

壬生綱房はイラついていた。

上杉景虎が宇都宮家を助けるために兵を出すことが想定外であり、しかも上杉家が後詰めも含め2万5千もの軍勢を出すことがさらに想定外であった。

そして、そこに下野国の反壬生派の国衆が加わり3万の軍勢となっている。

しかも、召集をかけた下野国の国衆達が集まって来ない。

集まって来たのは壬生家の直属の家臣ばかりであった。

「国衆達はどうした」

「父上、既に下野の西と南は上杉に制圧されています」

嫡男の綱雄つなたけの言葉に壬生綱房は声を荒げる。

「上野国から上杉が入ってきている以上、下野西部、南部が上杉に制圧されるは予想できている。下野北部と東部の国衆はどうした」

「国衆は上杉側の軍勢の多さに恐れを抱いたようで、日和見を決め込んでいるようです」

「頼りにならんん連中だ。我らだけで上杉と戦うには不利だ」

「蘆名家もしくは佐竹家に助けを求めますか」

綱雄の言葉に腕を組んで考えこんでいる綱房。

「少し見せかけの餌をぶら下げ、それで動くなら蘆名と佐竹を上杉にぶつけるか。よし、すぐに使者を出せ」

「承知しました」

「弟の徳雪斎はどうなった」

「叔父上の徳雪斎殿は西にある鹿沼城におりましたから、上杉の圧倒的な兵力を目にしてすぐに鹿沼城を開城して上杉に降ったそうです」

「不甲斐ない奴よ。奴は、儂の弟でありながら宇都宮家にとても甘い男であったから仕方あるまい。儂に従いながらも伊勢寿丸を始末することを反対する奴だ。放っておけ」

「承知しました」

「籠城の備えはどうなっておる」

「兵糧が不足しておりますので周辺の農村より徴発しております。必要な分は手に入れ終わりましたので問題無いかと思います」

「いかに大軍であろうと籠城の備えは完璧だ。籠っていれば奴らも引くしか無いだろう」

「蘆名と佐竹には、籠城する我らを囲む上杉勢を背後から襲えば、勝算はあると囁いてやれば十分でしょう」

「その通りだ。奴らを下野から叩き出して、逆に我らの権威の確立のために役立ってもらおう」

自分達の策に酔いしれる二人の笑い声が響き渡るのであった。

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