第176話 義の旗を掲げし者

景虎は、宇都宮家支援のために1万5千の軍勢の準備に入っていた。

さらに、晴景の指示で後詰めに1万を用意することになった。

それと並行して晴景は、下総国の状況を把握するため、軒猿衆に芳賀高定殿に関すること、下剋上を起こした壬生綱房に関する事、下総の国衆の動きを至急調べるように指示を出している。

晴景と景虎は、軍勢の集まる厩橋城に到着していた。

そして、軍勢出発前に下総国に関する情報が入ってきたため景虎と共に報告を聞く。

「晴景様」

物陰から声がする。

「伊賀崎か」

「はっ、下総に関する報告に参りました」

「分かった。聞こう」

「まず、芳賀高定殿に関しては、かなりの忠義者と言えます。他の国衆や重臣の多くが壬生綱房に従う中で壬生に従わず、主君の幼子を守り続けております。さらに、謀略にも長けているようです」

「忠義者であり、謀略にも強いか」

「さらに、主君の宇都宮尚綱殿を戦にて敗死させた那須高資を、謀略を用いて倒して仇を討っております」

「壬生綱房はどうだ」

「壬生綱房は既に70歳を越える高齢でございます」

「何・・そんな高齢で下剋上を起こしたのか」

壬生綱房の年齢を聞いた晴景たちは驚いた。

「長年の間、宿老として宇都宮家を支えてきたこともあり、重臣や国衆に強い影響力を持っております。かなり前より専横が目立つようになっていたそうです」

「かなり以前から隙を伺っていたということか・・壬生綱房と敵対する者たちは誰だ」

「多攻氏、今泉氏、芳賀氏になります。塩谷氏はどちらにも組せずにおります。多功氏の多功長朝殿は宇都宮家随一の侍大将と呼ばれております。他の国衆は、ほぼ壬生従っております。領地安堵の約束を受けてのようです」

「ならば、壬生に従わぬ者たちを味方に付けて敵対する勢力を切り崩す。こちらに付かぬ者は徹底的に叩くしか無いだろう。引き続き情勢を探れ」

「承知しました」

伊賀崎の気配が消えた。

どうやら再び情報を集めに向かったようだ。

「兄上」

「どうした」

「下野に出陣中の留守役なのですが」

「斎藤朝信でよかろう。上杉家の鍾馗様と呼ばれ始めているようではないか、睨みが効くであろう」

「いえ、斎藤はこの景虎と共に下野に出陣させます」

「なら誰に留守役をさせる」

「この景虎不在時に関東に睨みを効かせるなら兄上しかおりませぬ」

「何・・」

一瞬、景虎が何を言っているか分からなかった。既に越後に帰る手はずのはず。

「まさか、この景虎と関東を放って越後に帰るなどとは言わないでしょうね」

「・・・ど、どうしてもか」

「既に、姉上(晴景の正室)には伝えておきました。するとすぐに姉上から連絡が届きまして、何も問題無いとのこと」

「・・手・・手回しがいいな」

「これで安心して戦えるというものです。ちょうど、決済の書類が溜まっております。後はよろしくお願いします」

書類の決済を晴景に押し付けることができて笑顔の景虎。

そして、関東で書類の決済に追われながら越冬することが決まった晴景であった。



下野国宇都宮城

宇都宮城城内の広間、奥の一段高くなっている君主の場所に、満足そうに座る老人がいた。

宇都宮家を乗っ取り下剋上を果たした壬生綱房であった。

「クククク・・・ようやく・・ようやくこの場所を得ることができた。長かった」

「父上、おめでとうございます」

「儂よりも無能な者の下で長年耐えてきた甲斐がったというものだ」

「これで我らも大名ということですな」

「我らに従わぬ者達。多功・今泉・芳賀・塩谷は順次個別に潰していけばいい」

宇都宮城の広間で、壬生親子の高笑いが響き渡っていた。

そこに慌ただしく走り込んでくる家臣。

「綱房様、一大事にございます」

「どうした」

「芳賀高定が上杉家に支援を要請。上杉側がそれを受け入れ下野に向けて軍勢を動かしました」

壬生綱房は、驚きはせずに冷静であった。

「父上は、奴が頼るなら古河公方か上杉、もしくは佐竹であろうと見ていたおられましたが、予想通りですな」

「儂の言った通りであろう。だが、奴らが宇都宮家のために兵を出せても3千。良くても5千程度であろう。一文の特にもならんのにそれ以上だすはずもない。問題無い」

本来の歴史では、伊勢寿丸が元服して宇都宮広綱を名乗り、佐竹と血縁関係となり、戦の時に佐竹から援軍を得た時は5千の援軍であった。

「上杉の軍勢は、1万5千。既に下野国に入っております。さらに、後詰めに1万の軍勢」

壬生親子の顔からは笑顔は消えていた。

「何を馬鹿なこと・・この下野国にそれだけの軍勢を出して何の徳があるのだ。間違いであろう」

壬生綱房は怒りの声を上げる。

「現在、上杉勢は敵対する下野国衆を徹底的に叩き潰して、こちらに向かっております。そこに、多功長朝が加わり、それを知った塩谷・今泉らも加わり総勢が3万を超えております」

「馬鹿な・・そんなはずは・・」

「父上、すぐに国衆を集めて籠城の備えを」

我に帰った壬生綱房はすぐに声を上げる。

「国衆にすぐさま宇都宮城に来るように指示を出せ。籠城の備えをしろ」

宇都宮城内は慌ただしく動き出した。

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