第175話 関東差配
天文20年10月(1551年)
房総半島が上杉家の支配下に入ったことで思い出したことがある。
南房総でサトウキビが栽培され砂糖が作られていた歴史があることだ。
天王寺屋に琉球や明国からサトウキビの苗を手に入れてもらうことにしょう。
天王寺屋と組んで行えば、希少で輸入するしかない砂糖を国内生産することで独占できるかもしれん。
天王寺屋に書状を出して急ぎ手配してもらうことにするか。
上杉晴景は、天王寺屋にサトウキビの苗を手に入れるように書状を出すことにした。
そしてもうひとつ養蚕を始めようと考えていた。
日本国内でも養蚕はされているが品質が悪いため、明国からの輸入品に太刀打ち出来ないのだ。
そのため、細々と生産されているにとどまっている。
江戸時代になると大量に輸入するため、大量の金銀が支払いで海外に出てしまうため、幕府が輸入を止めて、砂糖と共に国産化を指示したほどだ。
「景虎。上杉領内で養蚕を奨励して、絹の品質を上げることに取り組みたいと考えている」
「越後では青苧を生産しているではないですか。それに国内で作られる絹は品質が悪いです」
青苧は布地の材料として重宝されており高額で取引されている。
「青苧だけではそのうち明国からの絹に負ける。今のうちから奨励して上杉家で管理し、品質を上げていけば、将来明国から買わなくても良くなる。作り続けないから品質が上がらないのだ。京の都周辺の高級織物は明国の絹を使う。それを将来我らの上杉の絹に変えるのだ」
「今後領内に広めていくという事ですね」
「田畑にできない荒地や山間部での生産にいいだろう」
晴景は今後の産業政策を景虎と話し合い、関東のことは景虎に任せて越後府中に帰ろうとしていた。
景虎には、厩橋城と江戸城を拠点としてもう暫く関東一円の差配を任せることにした。
具体的には上野国、武蔵国、上総国、安房国、相模国、甲斐国である。
江戸城内で景虎と話し込んでいると家臣が来客を告げた。
「古河公方家重臣である
「簗田殿が・・分かった。会おう」
晴景と景虎の二人は、簗田晴助の待つ広間へと向かった。
二人が広間へと入ると、簗田晴助殿ともう一人の人物がいた。
「簗田殿、元気そうで何よりだ」
「晴景様、景虎様のお力添えで古河公方家から北条の圧力を打ち払うことができました。主足利義氏様も喜んでおられます」
「それはよかった。ところで此度来られた理由と後ろに居られる方は」
簗田晴助の後ろに30歳ほどの男がいた。
意志の強うそうな感じのする男だ。
「此度は、主古河公方足利義氏様の名代としてまいりました。是非ともお二人に宇都宮家にお力添えをお願いしたいのです。そして、これなるは下野国宇都宮家重臣芳賀高定殿でございます」
「下野国の宇都宮家家臣、芳賀高定と申します。是非、上杉様にお助けいただきたく参上いたしました」
「芳賀殿、下野国で何が起きているのだ」
「天文18年に宇都宮家先代当主である尚綱様が那須家との戦いで敗死されました。その時は嫡男の伊勢寿丸様は5歳。本来なら家臣一同が盛り立てていかねばならぬところ、宿老である壬生綱房が権謀術数を使い多くの重臣を調略して味方に付け、宇都宮家を乗っ取ってしまったのです。このままでは伊勢寿丸様の命が危ういと思い、伊勢寿丸様を連れて我が居城である真岡城に脱出したのでございます。壬生の激しい切り崩しもあり、我らは劣勢に立たされており、壬生の攻勢で祖母井城、八ツ木城を失うことになりました。古河公方様に助けを求めましたら、戦ごとならば上杉殿にすがる他は無いと言われ参上した次第でございます。どうか、伊勢寿丸様をお助けください」
芳賀高定と名乗った武士は、必死に頭を下げる。
仕えた主人が急死して、嫡男が幼子。
宿老が己の欲望に負けて下剋上を起こしたということだな。
そして嫡男である幼子を僅かな近習たちが守っているということか。
しかも、古河公方様の重臣も古河公方様の名代として同行してきている。
さて、どうしたものか。
腕を組み考え込んでいると景虎から声が上がる。
「兄上。関東一円のことはこの景虎に任せていただけると聞いております。そのことは変わりございませんか」
「関東のことは景虎に任せるつもりだ」
「ならば、この景虎。義を旗印に掲げております。その旗印に従い伊勢寿丸殿を助けたいと存じます」
やはりそう言うだろうとは思っていた。
縁もゆかりも無い他の大名家内部の争いにはなるべく関わりたくないが、景虎が言い出したら引かぬだろう。
「宇都宮家は我らとは、血縁関係も無く、縁もゆかりも無い大名家。そこを助けるならば、少なくとも今後上杉家には刃を向けぬとの約定が必要だぞ」
「晴景様、伊勢寿丸様を宇都宮家の次期当主と認めていただき、下野国を取り返すことにお力添えいただければ、今後上杉様に従い、上杉様には刃を向けませぬ。このことは残っている重臣たちで決めております」
「兄上」
「分かった。ならば景虎に全て任せよう」
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