第174話 江戸都市計画

安房国と上総国が新たに上杉領に加わった。

これで関東では大きな戦は当面の間は起きないだろうと上杉晴景は考えていた。

改築増築工事の進む江戸城の一室に上杉晴景と上杉景虎はいた。

「兄上、真理谷武田信隆と里見義堯の処遇は如何しますか」

「両者とも、あまり力を持たせ過ぎるのは良く無いだろう」

「では、里見義堯は安房国のみ、真理谷武田信隆も同じ程度の領地とし、銭払いで褒美としますか」

「それで良いだろう。上総国と安房国を管理する城代を置き、房総周辺の目付け役とするか」

「承知しました。後ほど人選を進めたいと思います」

「後はこの江戸をどのようにして行くかだ」

上杉晴景は武蔵国の地図を広げる。

「兄上、ここらへん一体は使われていない湿地が多いですから埋め立てますか」

「埋め立てることは容易い、問題は利根川と荒川だ」

晴景は、地図に利根川と荒川と書かれた部分を指差す。

「武蔵国衆に聞きましたら、川の氾濫頻度もかなりのようです」

「利根川と荒川を抑えるには、川筋そのものを変えなければならん。五十年程度かかる大工事になる。北関東が平穏になればやっても良いが、今の情勢では手をつけるのは危険だな」

「ならば、そこは将来の課題として、まず出来るところから手をつけましょう」

「そうなると越後でおこなったやり方をここでもやるか」

「川幅を広く取り、高い土手を築きますか」

「河川改修をやるとなればそれしかあるまい」

「湿地の埋め立ては河川改修後としますか」

「いや、同時進行でも良いだろう。ただし、湿地に入れる土を増やして土地の嵩上げをした方がいい。土地そのものを高くすればその分少しでも洪水対策になるだろう」

「あと、水を生かして水路を張り巡らせれば、水路を使った物の移動ができますから商いが発展するかと」

「なるほど水路か、かなり水が豊富だから良い案だな」

「交易のための湊の整備も進めましょう」

「景虎。慌てるな、全てを一度ににはできん。ひとつひとつやって行く事が大切だ」



江戸城の内堀を掘り終わり、その土を周辺の湿地を埋めることに使っていた。

江戸城本丸の本格的工事も始まった。

海側では交易のための湊の整備が進められている。

鉄甲船が停泊している仮設桟橋とは別に本格的に整備を進めている。

武蔵国では工事による好景気のような状態となっていた。

武蔵国だけでは無く、近隣から出稼ぎに来る物たちが増えている。

そして工事現場で働く物たちに支払われる銭を目当てで店が軒を並べるようになっている。

そんな武蔵国に堺から天王寺屋津田宗達がやってきた。

「晴景様、この度の戦において戦勝おめでとうございます。此度の戦で手前共の用意した船が活躍したと聞き嬉しく思っております」

「天王寺屋の用意してくれた船のおかげで戦に勝つことができた礼を言う」

「武蔵国もかなりの活況を見せておりますな。これから発展する予感がいたします」

「関東はまだまだ可能性を秘めている。ただ、無駄な戦を無くしていけたらという条件がつくがな」

「今の上杉様に喧嘩を売る者はいないでしょう。それどころか上杉様に靡く者たちが出て来るのではないかと思います」

「ところで後ろに控えている者は」

上杉晴景は、津田宗達の後ろに控えている若者を見ていた。

「手前の倅で助五郎と申します。この度、手前は隠居して倅の後を継がせようと思います。名前も津田宗及と名乗ることとなります」

津田宗達の後ろに控えていた若者は頭を下げる。

「津田宗及と申します。若輩でございますがよろしくお願いいたします」

後に、千利休らと共に茶人としても名を馳せることになる人物だ。

「宗達殿とは長い付き合いだ。宗達殿にはかなり助けられた。今後ともよろしく頼む」

「はっ・・ありがたいお言葉。ひとつお聞きしてよろしいでしょうか」

「かまわんぞ。何でも聞くがいい」

「先ほど、関東はまだまだ可能性を秘めていると言われました。それは一体どのようなことでしょう」

「今の関東の地を見れば、何もない。草原と湿地と暴れ川しか無い。京の都や堺に比べれば、何も無いであろう。だが京の都や堺はまだ多少は発展するかのしれんが頭打ちであろう。ここは何も無い。無いから急激に発展する可能性を秘めている。儂は江戸城周辺で100万もの人々が暮らせる可能性があると思っている」

「100万もの人々ですか・・」

津田宗及は上杉晴景の言葉に驚いていた。

「宗及。何もしなくて人々が集まるわけではないぞ。必要な政策を行い、街を作る。人々が安心して暮らせるようにして行くことが条件となるだろう。だからひとつひとつ政策を整えることが必要なのだ。今始めている政策は全てそこに繋がっていくのだ。江戸城築城・河川改修・湿地の埋め立て・新田開発・湊の整備・銭による売り買い。全て繋がっているのだ」

「全てが繋がっている・・・」

「難しく考えるな。皆が暮らしやすくする政策を行い、精強なる兵を養うと考えておけばいい」

「はっ・・承知しました」

「それと、そのうち茶道具の茶碗が高額で売り買いされるようになるかもしれんぞ、ハハハハ・・・」

津田宗及は、父と共に多くの大名たちを見てきた。皆、戦と権力闘争ばかりに考えをめぐらしていた。だが父の言う通り、上杉様は他の大名とは違う方だと思うのであった。

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