第173話 房総半島攻略戦‘’決着‘’

陣が崩され戦線を維持出来なくなり、武田晴信は久留里城に戻っていた。

武田晴信が原虎胤と共に広間に入ると、城の留守を任せた板垣信方が待っていた。

「信方、間も無く上杉勢が攻め寄せてくる」

「飯富虎昌殿、山本勘助殿、お討死との報告が入っております」

「なんと・・・二人が先に逝ったか」

「如何されます」

「儂は誰かの下に付くつもりはない。だが、皆にそれを強要するつもりは無い。上杉に降りたいものは止めはせん」

「城内には、甲斐よりついて来たものばかり。そのようなものはおりません」

武田晴信は、その言葉に少し嬉しそうな顔を見せる。

「分かった。ならば、最後の一戦といくか」

そこに、正室の三条の方が入ってきた。

「おおちょうどよかった。これより最後の一戦となろう」

「それは承知しており」

「三条、お前まで死ぬ事は無い。上杉に降り京に帰ることにせよ」

「それは、お断りいたします。京に帰る家は御座いません。ここ、武田が私の家でございます」

武田晴信は驚いた顔をしていた。

三条の方は、京に帰ることを承知すると思っていたからだ。

「いいのか・・・上杉家の軍律は厳しく乱暴狼藉を働くものはいないと聞く。上杉に降っても粗略な扱いはされぬぞ」

「殿、私は武田晴信の正室にございます。最後までおそばにおります」

「本当にいいのか」

「はい」

「ならば好きにせよ」

その時、外が騒がしくなった。

家臣が足早に入ってくる。

「上杉勢が攻めかかってきました」

「来たか。信方、虎胤。いくぞ」

「「承知」」

立ち上がると足早に大手門方面に向かう。

大手門では、上杉の鉄砲への備えとして家臣達が竹束を門の内側周辺に大量に積み上げていた。

上杉の抱え大筒による攻撃が始まっていた。

大手門が砲撃で崩されると上杉側先鋒である真理谷武田信隆、里見義堯の軍勢が攻め寄せてきた。

上杉側の鉄砲による射撃が始まるが竹束が鉄砲の玉を防いでいた。

武田側は弓矢を使い攻め寄せてくる軍勢に応戦していた。

大手門で激しい戦いが続けられていた。

上杉側を先に進ませないために長槍と弓矢を中心に近づけない戦いを中心に行われていたが、1カ所が崩されるとそこから上杉勢が入ってくる。

武田晴信も家臣達と太刀を振るい応戦をする。

二カ所目が崩された。

「晴信様、ここは危険です。奥へ」

板垣信方に伴われ奥へと退く武田晴信。

「信方、直ちに城に油を撒き火を付けよ」

武田晴信の指示に一瞬目を大きく見開く。

「承知しました」

板垣信方は他の家臣達に指示を下していく。

奥の部屋には正室三条の方がいた。

「もはやここまでのようだ」

「覚悟しております。一つお願いがございます」

「なんだ。申してみよ」

「昔見た、殿の舞いが見たいと思います」

「舞い・・か・・・儂はあまり上手くないぞ。舞ったのはかなり昔ではないか」

「昔、私のために舞って下さったではないですか」

「そうか・・そんな事もあったな・・・これが最後だ。よかろう」

猛火に包まれ始めた城の中で、武田晴信は扇子を手に舞いを始める。

三条の方の前で幸若舞「敦盛」を舞っている。

「・・・夢幻のごとくなり・・・滅せぬもののあるべきか・・・」

やがて、炎が全てを飲み込んでいった。



上杉景虎は、炎に包まれた久留里城を見ていた。

人の世の儚さ、乱世の儚さを感じそっと手を合わせ瞑目した。

如何なる大名であっても滅ぶときはあっという間に滅ぶ。

その儚さを感じていた。

そこに真田幸綱が報告にくる。

「久留里城落城いたしました。武田晴信殿は火中にて最後を遂げたようにございます」

「此度の戦で死んだもの達は、敵も味方も関係なく全て丁重に扱い、丁重に弔うようにせよ。人は死ねば皆神仏のもとに行くのだ。くれぐれも丁重にせよ」

「承知いたしました」

真田幸綱がすぐさま指示を出して行く。

「幸綱」

「ハッ・・何でしょう」

「我ら大名はまさに修羅の道・・・世に安寧をもたらし、新たに秩序を立てるために多くの人を切らねばならん」

「景虎様・・」

「兄上は、その道を行かねばならぬ事を早いうちから覚悟して今に至っている。戦が大嫌いなくせにそのことを隠し軍勢を鍛えている。できるだけ皆が死なぬようにするため」

「その事は、皆知っております。それゆえに皆が晴景様を助け、晴景様の跡を継がれる景虎様の下に集うのです」

「1日も早く戦の無い世にしたいものだ」

久留里城から立ち昇る煙は空高く昇っていった。

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