第171話 房総半島攻略戦‘’肆‘’

飯富虎昌率いる武田騎馬隊は、上杉勢の背後を突くために大きく迂回していた。

山本勘助は自ら騎馬隊に志願して加わっていた。

自らが献策した策が悉く上手くいかない。

北条家と上杉家をぶつけて双方弱ったところで武田が叩く予定であった。

しかし、いざ始まってみると上杉家が北条家を圧倒。

気がつけば関東は上杉晴景・景虎兄弟の支配下となり、上杉家の勢力はますます盤石になってしまった。

その結果、上杉の軍勢が武田家を討伐せんと房総の地に乗り込んできた。

数で勝る上杉の軍勢に対して、地の利を活かして翻弄して力を削ぎ叩き潰す予定が、上杉側は全くと良いほどに誘いに乗ってこない。

どんなに囮を用意しても、囮に全くと言って良いほどに食い付いて来ない。

どんなに弱そうに見せても追ってこない。

安房国の里見義堯も戦わずに上杉に膝を屈してしまった。

鉄の船による砲撃が大きかったようだ。

聞いたこともない鉄の船。

どうすればそんなものを用意できるのか分からない。

上杉晴景の動きはもはや我らの理解を越えている。

武田側の被害はまだ大した事は無い。

それにも関わらず家中の空気は重い。

上杉家の大軍が、ただ領内に存在していることが無言の重みに感じ始めている。

上杉側はそれを見越しているのか、ゆっくりと進軍をして圧力をかけてくる。

農民達足軽に上杉側の軍勢の多さが噂として農民達の耳に入り始めているようだ。

足軽として集めた農民が既に狼狽え始めている。

このままでは武田側が戦わずに自然崩壊してしまう恐れがある。

山本勘助はそう感じて、この重苦しい状況を一気にひっくり返すために奇策に打って出ることを献策して、武田晴信の了承を得て騎馬隊を動かしていた。

武田本隊と上杉が衝突した時を見計らい上杉の背後を突くつもりだ。

山本勘助は上杉勢の背後を突くためにひたすら急いでいた。



佐貫城

斎藤朝信は、上杉晴景より後詰めを命じられ1万の軍勢とともに佐貫城に到着していた。

到着後直ちに周辺に物見と軒猿衆を出し、状況の把握に努めていた。

「斎藤様」

軒猿衆の一人が戻ってきた。

「どうした」

「武田騎馬隊5千が大きく迂回して景虎様の背後を突こうとしております」

「なんだと、景虎様はご存じか」

「景虎様にもこの報告は届いております」

そこにもう一人軒猿衆が来た。

「景虎様より書状にございます」

斎藤朝信は書状を受け取ると素早く目を通す。

「景虎様には承知したと伝えよ」

軒猿衆は姿を消した。

「誰かいるか」

「ハッ・・如何いたしました」

「景虎様からの指示である。城の備えに2千を残し、8千を率いて直ちに出陣する。景虎様の背後を突こうとしている武田騎馬隊を叩き潰す。直ちに準備せよ」

「ハッ・・直ちに」

家臣は急ぎ下がっていった。

しばらくして佐貫城から、斎藤朝信率いる8千の軍勢がすぐさま出撃した。



山間を急ぐ武田騎馬隊。

その騎馬隊の向く先に大量の倒木が散らばっている。

このままでは馬で走り抜けることができない。

無理に進もうとすれば地面に転がる多数の倒木に、馬が足を取られて転倒してしまう。

「邪魔な倒木をどかせ・・急げ、時間が無いぞ」

飯富虎昌の指示で倒木を撤去し始める。

その間、武田騎馬隊は止まるしかなかった。

山本勘助は嫌な予感がしていた。

おかしい、なぜ倒木がこれほどあるのだ。

倒木をよく見ると切り倒した跡がある。

「いかん・・飯富殿、これは罠だ」

山本勘助の声と同時に武田騎馬隊の横腹へ、上杉家斎藤朝信率いる8千の軍勢が、鉄砲による一斉射撃を始めた。

斎藤朝信の軍勢は2千挺の鉄砲を用意して潜んでいたのだ。

その2千挺の鉄砲が武田勢の上杉側への突撃と逃亡ができないように間断なく撃ち続けられた。

「クッ・・全て見破られていたと言うことか」

「勘助、我らはここまでのようだ」

「飯富殿」

「最後に我らの意地を見せてやろう」

「フッ・・共に地獄に行きますか」

「いくぞ」

飯富虎昌、山本勘助他残りの武田勢は1塊となって上杉勢への突撃を開始した。

一人、また一人と鉄砲で倒され、みるみる人数が減っていく。

山本勘助が鉄砲に倒れた。

そして、わずか十数人が上杉陣営に切り込んだ。

だがその十数人は既に満身創痍。

「我こそは飯富虎昌なり、腕に覚えのあるものかかってくるがいい」

そこに一人の男が出てきた。

「上杉家に仕え、この軍勢を預かる斎藤朝信と申す。飯富殿、貴殿は私がお相手いたそう」

「上杉景虎殿の元で全てを取り仕切る鍾馗様と言われる男か、相手に不足なし」

飯富虎昌の全身は既に多くの鉄砲傷を負っていた。

普通なら立っていることができないほどの傷。

そんな状態で太刀を抜き構える。

太刀を構えるのも辛いように見える。

「飯富殿、我らに降る気はないか」

「フッ・・二君に仕えるつもりは無い」

「そうか、くだらぬことを聞いた。許せ」

斎藤朝信は、太刀を抜く。

斎藤朝信も他の虎豹騎軍と共に愛洲久忠殿の念流を学んでいた。

両者が同時に太刀を振り下ろす。

斎藤朝信の太刀が先に飯富を袈裟懸けに斬っていた。

「斎藤殿・・見事・・・我が首で手柄とせよ・・・」

飯富虎昌は、ゆっくりと倒れていった。

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