第170話 房総半島攻略戦‘’参‘’
上杉勢はゆっくりと久留里城へと向かっていた。
武田の動きを探るため、上杉勢からは数多くの物見が放たれている。
「武田勢接近」
武田の襲撃が小勢で繰り返されている。
鉄砲隊が攻撃をかけるとすぐさま引き上げて行く。
小勢で繰り返される武田の攻撃に少々うんざりしている景虎であった。
「小勢でしつこく攻めて来るな」
「景虎様、おそらく我らを罠に掛けたいのでしょう」
「幸綱殿、武田の伏兵は」
「この先、何か所あるようですが、我らが逃げる武田勢を追いかけないため伏兵も機能しないようです」
既に、伏兵の位置などを詳細に調べ上げていた。
「慌てずに伏兵を制圧していけば良い。ネタが分かっている罠は機能しない。くれぐれも武田の挑発に乗って敵を追いかけないように全軍に徹底せよ」
「承知いたしました。再度、全軍に徹底させます」
上杉勢は、武田の挑発に乗り逃げる敵を深追いしないように全軍に厳しく通達されていた。
「報告いたします」
家臣の一人が何か報告に来た。
「どうした」
「安房国里見義堯殿が御目通りを願っております」
「里見義堯殿本人か」
「里見義堯殿本人にございます。重臣正木時茂殿も一緒に来ております」
「分かった。いいだろう。会談の用意をせよ」
急ぎ、会談の場が整えられていく。
「幸綱殿、罠かもしれん。周囲の警戒をしっかり頼む」
「承知いたしました。警戒をさらに厳重にいたします」
会談が始まるのに合わせ、上杉勢はいつでも本陣を守って戦えるように臨戦体制で待つ。
急遽作られた本陣の中で、奥の中央に上杉景虎が閉じた扇子を右手に握り締めて座り、左右を上杉勢の諸将が並び里見義堯を待っている。
上杉景虎の待つ本陣に二人の男が入ってきた。
「里見義堯と申します。後ろに控えるは重臣の正木時茂」
二人は景虎に対して頭を下げる。
「上杉景虎である。里見義堯殿、貴殿は武田側のはず、この景虎に如何なる要件か」
「我ら里見家は上杉様に従いたく参上いたしました」
上杉景虎はしばらく里見義堯を見つめていた。
「天文七年の国府台の合戦のおり、里見義堯殿は小弓公方足利義明殿の味方であった。だが不利とみた里見義堯殿は、味方であり総大将である小弓公方足利義明殿を見捨て、己の勢力を拡大する道を選んだ。その結果は小弓公方足利義明殿の討死となった。そして、武田が上総を手に入れることに手を貸したかと思えば、此度は武田が不利となれば武田を見捨てるか。離合集散や忘恩負義は乱世の習いではあるが・・」
上杉景虎のわざと聞こえるような呟きに、里見義堯は驚き、額から汗が流れ落ちる。
「里見義堯殿、次は誰を裏切るのだ」
上杉景虎は、冷たく感情のこもっていない声で言い放つ。
「そ・・そのようなことは・・」
「我が兄、上杉晴景は厳しいぞ。兄上は一見甘い様に見えるが、戦をせずに相手を追い込んでいく。気がつけば敵が戦もできぬまでに追い込まれている。兄は1代で10カ国を切り従えた。同盟者の安東・今川を加えたら今の日本で随一と儂は思う。里見義堯殿、お主は本気で忠節を誓えるのか、本気で忠節を誓えぬなら早々に帰れ、決着は戦にて着けよう」
「お待ちください。お誓いいたします」
「おそらく、兄上の差し向けた鉄甲船の大砲による砲撃を受け、慌ててやってきたのであろう」
砲撃のことを言われ汗が止まらない里見義堯。
「そ・そのようなことは・・」
「もう一度聞く。本当に忠節を誓えるのか」
上杉景虎は厳しい眼光で里見義堯を見つめる。
「お誓いいたします」
「ならば、その言葉が誠であることを戦にて示せ」
「承知いたしました。必ず示してご覧に入れます」
上杉景虎は、座っている床几から立ち上がるとゆっくりと里見義堯に近寄っていく。
右手に握っている扇子を里見義堯の左肩のに置き軽く首に当てる。
「里見義堯殿。あと1日来るのが遅ければ会わずに追い返して、降伏を認めずに完全に叩き潰し、その首をとるつもりであった。家名を残せて良かったな。期待しているぞ」
「・・ハッ・・必ずやご期待に添えるよういたします」
「幸綱、あとは任せる」
「承知いたしました」
景虎は、里見義堯と真田幸綱を残して本陣から出ていった。
本陣の陣幕を出たところで軒猿衆が待っていた。
「景虎様」
「どうした」
「武田が密かに騎馬隊を動かしております」
「騎馬隊の数と武田の狙いはなんだ」
「武田騎馬隊5千が大きく迂回。我らの背後に回ろうとしております」
「その他には」
「正面からは武田の軍勢7千をぶつけるつもりのようです」
「なるほど、前後からの挟み撃ちか。相変わらず小賢しい真似をする。武田晴信は何処にいる」
「正面からの武田勢7千の後方にいる様です」
「ならば、正面は真理谷武田信隆と里見義堯を当てるとするか。前方の伏兵はどうなっている」
「我らが深追いをしないため効果がないと見て、全ての伏兵を引き上げております」
「引き続き武田の動きを見張れ、おかしな動きがあればすぐに知らせよ」
「承知いたしました」
軒猿衆は再び武田の動きを探るために消えていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます