第167話 海賊退治

天文20年5月下旬(1551年)

伊豆半島西側の今川家の湊に、堺で作られた上杉家の船が到着した。

大型の安宅船2隻、安宅船より一回り小さい関船6隻の計8隻。

近代海軍の船に例えると安宅船は戦艦、関船は巡洋艦とも言われている。

堺からこの船団を上杉家水軍奉行である向井忠綱が率いていた。

湊では、上杉晴景と景虎、今川義元が待っている。

安宅船から向井忠綱が降りてきた。

「晴景様。向井忠綱ただいま船団を率いて無事到着いたしました」

「ご苦労であった」

「天王寺屋殿が腕の良い船大工たちを集め満足のいく仕上がりと思います。晴景様の注文された装備も出来上がり、ご覧の通り装備済みございます。いつでも戦いに行けるようになっております」

「そいつは心強いな」

「それと、今後武蔵国でこの水軍を率いる者を連れて参りました」

向井忠綱の言葉に一人の男が前に出る。

海の男らしく黒く焼けた肌をして、いかつい顔をした男。

「九鬼定隆と申します。よろしくお願いいたします」

織田信長の下で九鬼水軍を率いた九鬼嘉隆の父だ。

今回九鬼定隆と共にかなりの数の九鬼水軍を雇うことができた。

「ならば少し調練をして・・・」

「晴景様、そのようなことは不要でございます。我らはここまでの航海で十分な調練は済んでおります。後は戦うのみでございます」

九鬼定隆は自信たっぷりに答えた。

「心強いな。ならば、出陣の準備をせよ。翌日の早朝、日の出と共に出陣。各船には今川水軍から水先案内人を同行させる。安房の海賊どもを残らず叩き潰し、武蔵国に新たに作った湊に入れ」

「お任せください。必ずや安房の海賊どもを残らず海に沈めてやりましょう」



安房国

上杉家の水軍が攻めてくるとの情報がもたらされ、武田の水軍である安房と上総の水軍衆の船は、迎え撃つために全ての船が海に出た。

武田の水軍衆の船には、それぞれ油入りの焙烙玉が大量に積み込まれていた。

武田の水軍衆は上機嫌であった。

「懲りねえ奴らだ。北条の船がさんざんやられているのによ」

「また、残らず焙烙玉で燃やして海の藻屑さ」

「そりゃ〜間違いねえ。ハハハハ・・・」

「おい、上杉の船だ」

西から向かってくる船影が見えてきた。

「おい、何かおかしくねえか。船がおかしいぞ」

「なんだあの船は・・・」

見えてきた船は、帆に上杉家の家紋である‘’竹に雀‘’の上杉笹が絵ががれている。

「馬鹿な、そんな馬鹿な。鉄だ。鉄の船だぞ」

上杉家の船の船体は、隙間なく鉄で覆われていた。

武田の水軍衆は上杉家の船が鉄で覆われていることが信じられず、しばらく放心状態であった。

鉄が海に浮いていることが信じられなかったのだ。

鉄は水に沈むのが当たり前であり、見た目が鉄で出来ている船の存在自体が信じられなかった。

すると上杉の船から大きな音がして、煙が見えたと同時に味方の船が1隻砕けて海に沈んでいった。大砲による砲撃である。

「な・・なんだ・・何が起きた」

1発の着弾を合図に次々に上杉家の船から大砲による砲撃が始まる。

砕けて沈む船。

砲弾が水面に着弾して次々に立ち上る水柱。

「何をしている。止まるな〜行け、近づいて焙烙玉を投げ込め、ボヤボヤするな火矢を放て」

武田水軍の頭の指示で慌てて武田の水軍が動き出す。

一斉に上杉家の船に向かって行く。

上杉家の船に近づく船には、鉄砲による一斉射撃が始まった。

武田の水軍衆は、必死に焙烙玉を投げる。

焙烙玉は上杉の船に当たり砕けて次々に炎を上げるが、鉄のため燃えることも無くしばらくすると炎は消えてしまう。

船体の甲板上も鉄で覆われており、甲板上で焙烙玉が砕けて炎を上げても船体は燃えることもない。

甲板の炎は油が燃え尽きれば消えるのであるが、念のため用意されていた砂をかけられ、炎はすぐに消されてしまう。

焙烙玉が投げられる距離に近づいた安房水軍の船は、鉄砲の射撃の的となり、最後は抱え大筒と呼ばれる小型の大砲の的となり海に沈んでいった。

逃げ出そうとする船もあったが、上杉側は1隻も逃すつもりは無く、徹底的な攻撃が加えられている。

逃げ惑う船は1隻、また1隻と大砲による砲撃を受け海に沈んで行く。

1刻後には、上杉家以外の船は全て海に沈むこととなった。

この瞬間、房総半島から浦賀水道、伊豆半島までの海から武田の水軍が完全に一掃され、この海域は上杉水軍の支配下となることが決まったのであった。

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