第165話 江戸城

天文20年2月上旬(1551年)

相模国小田原城

上杉晴景は、北条家の仕置きを終えた後、今後の事を景虎と真田幸綱と話し合っていた。

北条家は相模1国として事実上の家臣としての扱いとなる。

相模国の西は今川家に任せ、東の武蔵国を上杉家が抑えることになる。

つまり関東を上杉家として治めることになる。

相模国は北条家を通じての間接統治。

上野国と武蔵国に関しては直接統治していくことになる。

「武蔵国に上杉家の拠点となる城を作ることが必要だ」

「兄上、厩橋城では不足という事でしょうか」

「厩橋城だけでは、広大な関東を抑えることは難しいだろう。武蔵国内を安定させるためと北条家へ睨みを効かせる。そして東への備えのためだ」

「具体的に何処を考えているのです」

「まず、江戸城を拡大強化する」

「江戸城ですか」

「今まで、北条家の者が城代となっていて、今は城主不在だ。厩橋城と連動して関東の抑えとして機能させる。さらに、利根川の下流域は広大な湿地帯だ。将来ここを埋め立てると広大な城下町が作れる」

「なるほど、そうなると海が近いですから湊町を作り、江戸を交易港の街として栄えさせることができますね」

「そうだ。ただ、そこまで行くには関東の安定が必須だ」

「そうなると、問題となってくるのが安房国と上総国・下総国ですか」

「安房国と上総国が盛んに海賊行為をさせている。ここを完全に叩くことが必須となってくる」

「ならば、武蔵国に水軍を作る必要があります」

「春になったら越後府中より何人か呼び寄せるとするか。我らの水軍の用意ができるまでは、今川水軍を支援して、今川水軍に頑張ってもらうとするか」

「晴景様」

真田幸綱が口を開く。

「上総にいる武田を抑え込むためには、下総国を安定させねばなりません。今下総国が武田の策で乱れ始めております」

「ならば、そこは古河公方様に頑張って貰おう。古河公方様が乗り出せば当面は抑えられると見ている」

「古河公方様ですか」

「衰えたと言ってもまだまだ権威はある。古河公方様が乗り出せば、下総での武田の動きを牽制することはできる。簡単に言って仕舞えば時間稼ぎだ。あとで古河公方様に書状を送るとするか」

「その間にこちらの備えを固めるということですな」

「そうだ。武蔵国の備えが出来上がれば、武田が下総を内乱状態にさせても、逆に乗り込みおさることも可能になる。そうなるともはや上総の武田は終わる」

「江戸城の大きさは現状と同じでしょうか」

「今の広さでは小さい。今の倍の広さで、機能重視で築城する。さらに関東の地は乾燥しやすい。一度火が付けば消すことが難しい。防火や延焼防止も考えた方が良い」

「承知いたしました」

「あとは領民への対応だ」

「兄上、今までのように、新田開発と産業育成に取り組むことですね」

「特に農民が疲弊している。まず、そこを重点的に取り組む必要がある」

「江戸城普請で農民たちを雇い、銭と食糧を回し、農村へは芋や南瓜などの災害に強く収穫量の多い新しい作物の栽培を奨励しましょう」

「それが良いだろう。水田ばかりでは災害に弱い。災害が起きればたちまち飢えてしまう」



武蔵国江戸城

上杉晴景の命を受け江戸城の改築が開始された。

江戸城改築の現場に、農繁期を除いた季節に農民たちを銭で雇うことが武蔵国内に布告された。

それを聞いた商人たちは、早くも動き出している。

過去に上杉晴景が築城の際に、農民や領民たちに銭を使う生活を覚えさせ、貨幣経済を導入するための政策を行った事を知っている商人たちの動きは早い。

農民たちに支払われる銭を目当てに店の準備を始めるものが出始めている。

農民たちは銭だけでは無く、飯も支給され工事に参加すれば食うに困らないと聞き、続々と集まってくる。

中には隣の上野国から出稼ぎに来る農民もいた。

集まってくる農民たちに仕事が割り振られ、それぞれ割り振られた仕事場へと向かう。

その様子を少し離れたところから上杉晴景と景虎の二人が見ている。

「農民たちが続々と集まってくるな」

「兄上、これほど集まるとは思いませんでした」

「それだけ、農民が困っているのだろう」

「商人の動きも速いです。もう出店を作り始めてますよ」

「ハハハハ・・・相変わらず商人たちの動きは早い。これなら湊ができて、海の安全が確保できればさらに繁栄することになる」

「江戸城改築は、急がずにゆっくりでよろしいですか」

「生活に困っている者たちを救い、備えを厚くして、銭を回すことが目的だ。焦る必要は無い。ただ、城の外周部だけは万が一に備え急いだ方がいいだろう」

「湊の整備はどうします」

「江戸城の外周部の備えがある程度できてからで良いだろう。湊まで工事をするとなると、湊の工事について分かるものを越後府中から呼ばねばならん。雪が溶けてからになる」

「水軍用の船が何隻か必要になります」

「それは堺の天王寺屋に頼むとするか」

「承知しました。私の方で依頼しておきます」

「それで良い」

晴景と景虎は青空の下で始まった江戸城改築工事をしばらく眺めていた。

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