第164話 今川義元の呟きと策略
今川義元は、駿河国の自らの屋敷で太原雪斎を相手に茶の湯を楽しんでいる。
慣れた手つきで黒茶碗に茶を立てている。
「雪斎。北条氏康殿、北条幻庵殿に関しては、生活に困らぬようにしてやってくれ」
「承知しております」
「ならば良い」
今川義元は自ら立てた茶を太原雪斎に振る舞う。
雪斎は手に取りゆっくりと茶を味わう。
「良き茶でございます」
「そうか」
「ところで、上杉家が氏康殿・幻庵殿を当家に預け、さらに伊豆を我らに渡すとは思いませんでした」
太原雪斎が疑問を口にする。
「晴景殿は怖い御仁よ。もしかしたら相模国まで預けることを考えていたかもしれん」
「流石にそれは無いでしょう。しかし、なぜでございます」
「上総に逃げた武田だ」
「武田ですか」
「少なくとも伊豆を渡された時点で、上杉家の対武田の策に組み込まれていると考えている。伊豆には北条家の水軍衆の拠点がいくつかある。上総の武田はそこを定期的に叩いている。北条家に水軍としての力を持たせないためだ」
「ですが、伊豆が今川家のものとなれば、武田も大人しくするのでは」
「そこで、氏康殿と幻庵殿だ。二人が腹を切らず当家預かりとなり、当家に伊豆を与えられた。武田からすれば、上杉と我らは一心同体と映っているだろう。二人が当家預かりということは我らが北条家に影響力を及ぼし対武田に加わったと見ることもできる」
「ならば、武田は当家に接触して来るかもしれませぬな」
「可能性はあるな」
「ですが当家が上総の武田と組むことはあり得ません」
「その通りだ。我らが上総の武田と組んでも何の得にもならん」
「我らには上杉殿の同盟者であることが重要でございます」
「当然だ。鉄砲と火薬。上杉殿はこの二つを堺周辺で作られているものより安く融通してくれる。上杉殿の同盟者である我らと出羽の安東家はこれにより大幅に力をつけることができる」
「上杉家の指導による生産力の向上にも目を見張るものがあります。領内の作物の生産量がかなり増えて来ております。増えた一部は備蓄に回すことができるようになって来ております」
「出羽の安東家は、上杉家からの鉄砲と火薬を使い陸奥国を平定し終える勢いだ。ならば、我らも上杉家の同盟者としての利点を活かし上総と尾張をどうするか考えねばなんぞ」
「義元様、いよいよ本格的に動かれますか」
「まずは水軍衆の強化をして、上総の武田が海の上でも手が出せぬように封じ込めてから本格的に尾張攻略に取り掛かる。上杉家が武蔵国を抑えている以上、陸路での戦いは選ばんだろう。しかも、関東を預かるのは毘沙門天の異名で呼ばれる上杉景虎殿だ」
「上杉晴景殿と景虎殿のご兄弟は、戦のありようが真逆でございますな」
「それゆえ上手くいっているのであろう」
「晴景殿と戦う者は、絡め手でいつの間にか気がついたら不利になり身動きができなくされる。景虎殿は軍神毘沙門天のごとく正面から武の力で敵を打ち破る」
「敵に回したくありませんな」
「だが、味方であればこれ程心強い相手はいないだろう」
「安心して背後を任せられるかと思います」
その時、茶室の外から声がした。
「義元様」
茶室横の小窓を開けると一人の男がいた。
伊賀の百地丹波。
今川義元は上杉晴景にならい忍び衆の整備に着手していた。
そこで、伊賀に残る百地丹波一党に目をつけ雇い入れていた。
百地丹波が一通の書状を手渡した。
「ご苦労であった」
百地丹波が姿を消すと義元は小窓を閉めた。
義元は書状に目を通す。
「クククク・・・」
今川義元は書状の内容に思わず笑いが漏れる。
「如何されました」
「どうやら、織田信秀(織田信長の父)の病はかなり重いようだ」
太原雪斎の目が鋭くなる。
「鳴海城を手に入れたばかりでこの情報はまさしく千金の価値がありますな」
この時すでに知多郡の水野家、鳴海城の山口教継が今川義元に降っていた。
「ならば徹底的に揺さぶってみるか」
「病が重いとあまりにも揺さぶられると、精神的にも辛うございますな」
「そのうちポックリといくかもしれんぞ」
「ならば調略をかけますか」
「いや、まず先に尾張国内に噂を撒く、織田信秀が病は重く動くことも辛いようだと」
「顔色の悪さを隠すために化粧をしているとも付け加えますか」
「それもいいな。ならばそれも含めて噂を撒くとしよう。織田信秀は噂を打ち消すために、無理をして元気な姿を見せようとするだろう。無理を続けるしか無いように追い込めばいい。雪斎。伊賀衆を使い噂を広めよ。あとは小勢で良いから定期的に尾張との境を騒がせておけ」
「承知しました」
太原雪斎は茶室を出て伊賀衆を呼び集めるのであった。
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