第163話 散って魅せたる男たち

上杉晴景は昨夜のうちに小田原城に到着していた。

風魔忍者による襲撃の恐れありとの報告が入ったため、襲撃者を欺くため、急遽、軒猿衆200人による移動となった。

途中からは、今川水軍も協力して小田原近くまで一気に移動。

幸綱の出迎えを受けて夜遅く小田原城に入っていた。

朝から景虎と共に小田原城本丸天守にて、青空の下の小田原城下と海を見ていた。

「兄上、相模に向かっていた1万の軍勢に先代の風魔小太郎と思われる者達が攻撃をかけたそうです。その数30人」

「我らの被害は」

「正確な数ではありませぬが死亡したものは約100人ほど、怪我人は約300人ほどかと」

「風魔と思われるもの達は」

「全て討死いたしました」

「そうか、敵も味方もねんごろに弔ってやってくれ。たった30人で1万人もの敵に立ち向かっていく様は見事だな」

「誇りある男達で見事な散り際であったと照月が言っておりました」

上杉晴景はしばらく手を合わせ瞑目した。

「兄上、そろそろ正式な沙汰を申し渡す刻限かと」

「分かった。ならば行くか」

二人は共に天守から下に降りていく。

広間には、すでに上杉家の武将達が並び、北条氏康、北条幻庵ら北条家のもの達がいた。

「上杉晴景である」

北条家の者達が頭を下げる。

「北条氏康と申します。此度の戦は全てこの氏康の責任。しかも昨夜上杉家の軍勢に襲いかかった者達がいたと聞きました。我が命にて北条家の者達をお許しください」

「氏康殿」

「はっ」

「昨夜、戦った者達は北条の誇りを守るために戦った者達である。最初から討死する覚悟で挑んできたのだ」

「北条の誇りを守るためですか・・・」」

「そうだ。わずか30人で1万人の軍勢に戦いを挑む者は、普通はいないだろう。だが、彼らは戦いを選んだ。1万人の軍勢に対して一歩も引かぬ見事な散り際であったそうだ。お主のために、北条家のために、北条家の誇りのために笑って死んでいったのだ。お主が腹を切ってしまったら、その30人の男達に顔向けができん。お主は天運尽きるまで生きねばならん。それが潔く笑って散っていった男達への責任」

「その男達は上杉晴景様から見て見事な散り際でありましたでしょうか」

「見事であった。北条家の意地と誇りを見せてもらった」

北条氏康はしばし堪えるかのように瞑目した。

やがて目を開くと上杉晴景を見つめる。

「30人の男達への過分なお言葉をいただきありがとうございます。ならばこの氏康に御沙汰をお願いいたします。如何なる御沙汰もお受けいたします」

「分かった。ならば申し渡す。北条氏康、北条幻庵の両名は、隠居し、出家して今川家の預かりとする。北条家は嫡男新九郎が継ぐものとする。領地は相模1国のみ。なお、伊豆は今川家に割譲とする」

「承知いたしました」

北条氏康、北条幻庵の両名は揃って頭を下げるのであった。



北条氏康と北条幻庵は今川家の者に伴われ駿河へと向かった。

小田原城天守で上杉晴景と上杉景虎は今川領に向かう様子を見ていた。

「兄上、腹を切らさなくて良かったのですか」

「30人の男達が意地と誇りを見せたのだ。それに答えてやらねばなるまい」

「沙汰の結果は初めから決めていたのでしょう」

「フフフフ・・・どうかな。ならば、景虎ならどうした」

「う〜ん。やはり兄上と同じですかね」

「なら、いいではないか」

「ですが、伊豆はなぜ今川へ」

「氏康殿、幻庵殿を今川家で預かって貰うのだ。二人の預かり賃と今川家の余計な妬みと恐怖を減らすためだ」

「余計な妬みと恐怖ですか」

「我らだけが巨大な領地を増やしていけば、同盟相手といえども妬みや恐怖を覚える。伊豆を丸ごと渡しておけば、今川家にとってはまさしく棚からぼた餅のようなものだ。我らに感謝することになり、我らに対する妬みや恐怖は薄らぐであろう。もしも、氏康の腹を切らせ、北条家の領地を丸ごと上杉の領地としたら、今川家としたら次は自分達かもしれないと思うだろう」

「なるほど」

「さらに、氏康と幻庵を今川家に預けることにすれば、義元殿は将来的に北条に影響力を残せると考えるだろうから、必ず預かってくれるであろうと考えたからだ。儂からしたら相模国も今川家でも良かったんだが」

「義元殿が断ったらどうするつもりだったのですか」

「義元殿は、大名としてなら腹を切らせる。個人的にはそこまでしたくないと言っていた。つまり、今川家としたら自分達から動くわけには行かないが、義元殿個人は北条家を助けたい。さらに突っ込んで言えば、北条はまだ使える、使い道があると義元殿は言っている訳だ。そこに伊豆を付けてやるのだ。断る訳が無いだろう」

「・・・兄上・・義元殿とどんな話し合いをされてきたのですか」

「普通にお互いに茶の湯を楽しみながら先程の話をしていたぞ」

景虎は呆れたような顔をする。

「兄上も義元殿も、どうすればそんな深読みのやり取りができるのですか」

「深読みも何もお互いに都合よく考えているだけだ」

「ハァ〜。これ以上言うのはやめておきます。余計疲れそうです」

「そのうち、お前もやらねばならんのだ。覚悟しておけ」

そんな面倒なことはやりたく無いと思う景虎であった。

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