第162話 歌舞いて候
上杉晴景を守る軒猿衆と警護の兵達は緊張に包まれている。
風魔の動きは、直ちに相模国に駐留している上杉勢にも知らされた。
現在、相模国には上杉景虎を頂点にその直下に真田幸綱らが入り駐留軍を指揮していた。
相模国に駐留している上杉勢は、上杉晴景の意向で乱取りなどの略奪行為は厳しく禁止されており、兵達もその指示に従い略奪行為は行われていなかった。
そのため、相模国の領民達の上杉勢に対する評判はとても良かった。
そんな状況下での風魔の怪しい動きである。
相模国にいる上杉景虎は、兄晴景を狙っているかもしれない風魔の怪しい動きがあるため、来ない方が良いと伝令を出したが、狙われているなら相模国に行かなくても、別の場所で狙われるから同じだと言ってこのまま行くと返答されてしまった。
今川家も心配して手を貸してくれるらしい。
「幸綱殿、警戒体制は問題無いか」
上杉景虎は真田幸綱に尋ねる。
「現在、相模に駐留している上杉勢5万を総動員して警戒にあたっております。さらに我が手の者達を使い隠居した風魔小太郎と側近たちの行方を追っております」
真田幸綱は、自らが率いている真田忍者たちを総動員して隠居した風魔小太郎たちの行方を追っていた。
真田忍者は元々少なかったが、コツコツと人材を育て現在は五十名ほどになっている。
上杉景虎は、小田原城本丸にて真田幸綱と共に相模国の地図を広げ、狙われそうな場所の考えていた。
深夜、野営している上杉晴景の軍勢1万を遠く方見つめる男達がいた。
「雲海入道様、いよいよですな」
風魔小太郎改め雲海入道は遠くでゆらめく上杉軍の篝火の炎を見つめていた。
「
「こんなでっかい祭りは二度ない。独り占めはダメですよ」
「生きて帰れん祭りだぞ」
「頭。ここにいる連中は、風魔の里が小さな里だった頃からの奴らですよ。置いてけぼりは無しですよ。みんな地獄の底までお供しますよ」
二曲輪猪助の言葉に男達は不敵な笑みを浮かべる。
「頭。俺たちは舐められたまま終わる訳にはいかん」
「そうだ。奴らには俺たちの命をかけた遊びに付き合ってもらおうぜ」
「クククク・・・儂も阿呆だが、儂と共に地獄に行こうとしているお前達も度を越した阿呆よな」
雲海入道の少し呆れたような言葉
「旅は道連れていうだろ。地獄の旅に皆招待してやろうぜ」
雲海入道は、皆を見渡し
「なら、これ以上何も言わん。天下に鳴り響くでかい祭りにしてやろうではないか。我らの心意気を奴らに刻み付けてやれ」
無言で頷いた男達は、一人、また一人とそれぞれの持ち場に消えて行った。
上杉の野営地を眼下に見下ろす険しい斜面の上。
風魔の男達がいた。
横には多数の牛がいる。
牛のツノには油を染み込ませた松明がくくりつけられている。
「さて、古の武将の策で幕開けといくか」
一斉に松明に火がつけられ、牛が崖に追いたてられる。
牛は険しい斜面を覆い立てられるように下って行く。
後方の牛の背中には風魔の男達が飛び乗る。
険しい崖を下る牛に、背中に乗る人を振り落とす余裕は無い。
土煙をあげ、鳴き声を上げながら牛は斜面を下っていく。
慌てて動き出し、右往左往する上杉陣営の兵士たちが見える。
風魔の男達は、油の入った焙烙玉を周囲に投げつける。
次々に燃え上がる炎。
陣営に突っ込んでくる牛にすぐさま鉄砲が撃たれる。
最初は狼狽えた上杉の兵達は、次々に鉄砲を打ち始める。
風魔の男達は、鉄砲の攻撃に臆することなく、上杉陣営内で小分けして保管されている火薬目掛けて焙烙玉を投げつける。
彼方此方で爆発が起きる。
風魔の男達は縦横無尽に暴れていた。
激しい爆発と騒動から離れた場所にある寺。
上杉晴景が止まっている寺である。
そこに忍び寄る3人の男達。
雲海入道を含む風魔の忍であった。
「待っていたぞ。風魔小太郎。いや今は雲海入道か」
「藤林長門」
「儂もお主のように名前を倅に譲って今は照月と名乗るしがない坊主だ」
照月が剃り上げ髪の無い自分の頭を左手で軽く叩く。
「なら、静かに引っ込んでいてくれるか」
「その言葉はそのままお主に返そう」
周囲に人の気配が集まってくる。
その瞬間、雲海入道は懐から何かを投げつけると小さな爆発が起きる。
同時に風魔の3人は刀を抜いて切りかかる。
しかし、そこに立ちはだかる男達がいた。
伊賀崎道順、下柘植の木猿、小猿の3人伊賀の忍び名人と呼ばれる者達。
3人の刃はそれぞれの持つ忍び刀で防がれていた。
「フ・・・伊賀崎道順か、陽動には騙されんか」
「我らの役目は晴景様を守ること、向こうの騒ぎで何人死のうが関係無い」
「我らは死人。我らを抑えられるか」
その瞬間、雲海入道が伊賀崎道順を蹴り上げるが、当たる寸前で後方に飛び退く。
伊賀崎道順と雲海入道の間が空いたその時、その空いた空間や周辺にいくつもの焙烙玉が投げ込まれ爆発する。
寺に焙烙玉で火がついた。天気続きで乾燥しており火の回りが早い。
雲海入道は、爆発で崩れかけた戸を破り燃え始めた寺に突入する。
だが、そこには誰もいなかった。蝋燭の灯りが風でゆれているだけであった。
「チッ・・上杉晴景は逃げたか」
「それは違うな」
照月の声に振り向く。
「初めから晴景様はここにはいない。いや、正確にはこの1万の護衛の軍勢の中には最初からいない」
「何だと」
「晴景様はすでに小田原に到着している。軍勢と共に出発をされたが、途中から軍勢と別行動をされ我ら軒猿衆200名が護衛をして一気に小田原に入られた」
「1万もの軍勢が囮とは・・・」
寺が勢いよく燃え始めて煙が流れ込んでくる。
「雲海入道、降伏して上杉に仕えよ」
「フ・・これでも誇りある風魔の忍び。お前達の下に付くつもりは無い。言ったはず、我らは死人であると」
寺を焦がす火の回りがとても早い。
煙が二人の視界を遮った瞬間、二人の刃が交錯した。
ゆっくりと倒れていく雲海入道。
「照月・・・先・・先に・・地獄で待っているぞ」
天井を火が覆い天井が崩れてくる。
照月が寺の外の出ると戦いは全て終わっていた。
燃え盛る寺を残して。
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