第161話 風魔の誇りと意地

風魔忍者隠れ里

山間の奥深く周囲に人里も無い場所にひっそりと風魔忍者の集落があった。

集落の周辺には柵がめぐらされ、曲輪や櫓が目立たぬように立てられている。

集落というよりは砦と言った方が良い。

侵入者の視界を遮るように竹林もある。

ひとつひとつの家は大きくはないがしっかりとした作りであることがわかる。

その中で一際大きな屋敷があった。頭領である風魔小太郎の屋敷だ。

屋敷の一室で風魔小太郎は嫡男三郎太を呼んでいた。

北条家の敗北により北条家は領地を大幅に削られ、北条氏康は出家のうえ、今川家に預けられることになってしまっていた。

その結果を受け風魔小太郎の顔には疲労の色が濃く出て、眉間には深い深い皺が刻まれている。

「父上、お呼びと聞きましたが」

「来たか、座れ」

嫡男の三郎太が父である小太郎の前に座る。

「これから儂が話すことは、既に決まったことであり、異論は認めない。良いな」

「はい・・・」

「儂は隠居することにした。そして、今この時からお前が風魔小太郎の名を受け継ぎ我ら風魔忍者を率いて北条家を支えよ。儂はこのれより雲海入道と名乗ることにする」

「えっ・・・お待ちください。まだ、私では荷が重い話いです」

「言ったはずだ。もう決めたことだと。当然、表の顔は風間出羽守である」

「お待ちください。北条家が大変な時に父上が隠居などしてどうするのです」

「儂の責任だ」

「此度の敗北は、父上だけの責任ではないでしょう」

「いや、儂の責任。儂は上杉晴景率いる軒猿衆との情報戦に負けたのだ」

「我ら風魔が負けた訳では」

「いや、完全な敗北なのだ。偽の情報に踊らされ、敵の情報は完全に隠され、我らは翻弄された。上杉の軍勢の動きに騙され、伊達との戦をするマネに騙され、武蔵国衆の裏切りを掴めず。忍びとして完全なる敗北だ」

「上杉の軒猿衆は我らの数倍の規模。仕方ない部分もあるはず。父が全ての責任を感じる必要はないでしょう」

「北条家の庭先で、我らの庭先での情報戦に負けたのだ。その結果、北条家は相模一国にまで押し込まれることとなった」

「・・父上・・もしや、最後の戦いをされるのですか」

風魔小太郎改め雲海入道は、少し寂しそうに笑った。

「儂は忍びとはいえ、北条家の禄を食んだもの。このまま舐められたままでは面白くなかろう。天下に風魔ありと示して、上杉晴景に一太刀浴びせ傷を残してやらねばなるまい」

「父上、この私も加えてください」

「ダメだ。お前は生きて北条家を支えよ。これから先の最後のひと戦は、長年北条家に仕えた者達だけの舞台だ。決して生きて帰ることのない戦い。上杉晴景を相手に華々しく戦い散っていくのは、我らだけの権利。相手は大大名上杉だ。儂の戦う相手にこれ以上の相手はいないだろう。お前たち鼻垂れ小僧の順番はまだまだ先だ。もしも奴を巻き添えにできたら、その時こそ北条家の復活の時だ。お前の活躍はその時までお預けだ」

「父上・・・・」

三郎太は声を殺して泣いていた。

「儂から最後の言葉だ。体を大事にせよ」

「お待ちください」

「さらばだ」

雲海入道とその側近たち30人は風魔の里から消えた。



上杉晴景は今川義元と北条家の仕置きに関しての打ち合わせを終え、北条氏康に申し渡すために相模国に向かっていた。

上杉晴景を1万の軍勢と軒猿衆が警護していた。

晴景と景虎には常に軒猿衆の警護が付いている。

現在、晴景に付いて警護している軒猿衆は、伊賀崎道順、下柘植の木猿・小猿らを中心とした伊賀衆である。

軒猿衆は、多くの忍びを吸収して巨大となっていた。

伊賀・甲賀・戸隠・真田・山伏・商人・家臣の中で諜報活動に優れた者達などで構成されている。

それぞれの得意分野を活かした形で得意とする地域を管轄している。

それぞれの忍び達には当然のように上忍や頭がいるが、その上忍や頭は他の軒猿衆がどこでどうしているかは知らない。

軒猿衆の采配をしているのが上杉晴景であり、上杉家の重臣達も軒猿衆の動きは知らされていない。必要な場合だけ晴景の指示でそれぞれの重臣たちに協力するだけである。

軒猿衆からしたら真に上忍と呼ぶべきなのは、主である上杉晴景ただ一人である。

上杉晴景は忍びの重要性を誰よりも認識して、苦しい生活に喘いでいた忍びたちを優遇して、何もないところから組織を作り上げてきたのだ。

当然、自分達が真に上忍と考える上杉晴景の警護こそが、全ての軒猿衆にとって最重要案件であり、それぞれの忍びの里の垣根を越え、与えられた役割を越えて協力をしていた。

昔、襲撃を許してしまった苦い経験から二度と同じこと繰り返すまいと厳重な警戒体制となっている。

晴景からは、警護に軒猿衆を多数動員する必要は無いと言われており、指示に従っていることになっているが、実際はかなりの人数が警護している。

さらに、越後国を一歩出るならば、軒猿衆200人以上が晴景には知らされず極秘に動員されている。

極秘のうちに幾重にも警護の輪が敷かれるのだ。

そして今、軒猿衆に緊張をもたらす情報がもたらされた。

風魔忍軍の頭領が隠居し、隠居した元の頭領とその側近が姿を消した。

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