第157話 最上義守

上杉晴景は越後揚北にいる陽動部隊に来ていた。

最上家と伊達家からそれぞれ会談を申し込まれたからである。

上杉晴景はまず最上側と会うことにして会談場所に指定した寺にやって来た。

到着して待っていると二人の人物が入ってきた。

「最上義守が家臣、氏家定直と申します」

氏家定直が前に座り、もう一人の若い男は少し離れ後ろに座る。

最上家重臣である氏家定直殿。

伊達家の支配下において、伊達が最上家を乗っ取ろうとする策略から必死に最上家を守ってきた人物だ。かなり白髪も目立つ歳だ。

「そちらは」

「我が甥にございます。我が従者として来ておりますればお気になさらず」

「承知した。それで最上家が儂に会談を申し入れて来たのは何故だ」

「この先、越後上杉・・いや上杉家と言った方がよろしいでしょう。山内上杉も扇谷上杉も滅びました。大名で上杉といえば越後上杉しかおりません。その上杉家は奥州に乗り込んでくるのかお聞きしたい」

氏家定直は真っ直ぐな目で見つめている。

「何か色々誤解されているようだ」

「誤解ですか」

「我らは単にここにいるだけだ」

「いるだけとは・・・」

「我らは奥州の大名と争ってはいない」

「ですが、上杉家は奥州を攻めると噂が出ております」

「所詮、噂でしょう。降り掛かる火の粉は徹底的に振り払うが、いまこちらから奥州の大名達と戦う必要性は無い」

「ならば、なぜ1万もの軍勢がここにいるのですか」

「なぜだと思う」

「我らからすれば我ら最上の領地、伊達の領地を狙っているとしか思えん」

「まあ、普通はそう思うよな。ならば、氏家殿の従者として来られているそちらの若者に尋ねよう」

上杉晴景は氏家定直の後ろに控えている若者を指差す。

「えっ・・私がですか」

「そうだ。お主だ最上家当主最上義守殿」

上杉晴景の言葉に慌てる氏家定直。

「違います。これなるは我が甥」

「氏家殿。いま儂は、最上義守殿に聞いている」

「ですからここに・・・」

「定直。もう良い。バレている」

後ろに控えていた若者が前に出て座り直す。

「私が最上家当主最上義守と申します。名前を隠し偽っていた事、申し訳ございません」

「そのことは問題無い。お主は我ら上杉の動きをどう考えている」

「思うがままに申してよろしいので」

「別に怒りはせん。斬り付けたりもせん」

「ならば・・・上杉様のお言葉の通り、奥州に攻め込むつもりが無く。単にここに軍勢がいるだけとしたら、他に何らかの思惑がありここに軍勢を置いているという事になります」

「なるほど、ならばその思惑とは何だと思う」

「おそらく陽動・・・ですが、1万もの軍勢を陽動に使うとは思えないのですが」

「フフフフ・・・義守殿。お主の言う通り陽動だ」

「えっ・・本当に1万もの軍勢を使い陽動ですか」

最上義守は信じられないと言わんばかりの表情をしている。

「我らのいまの主戦場は関東と相模国。既に陽動は終わった。間も無く引き上げることになる」

「終わったとは」

「この1万の軍勢は陽動としての役割を終えた。北条家は我らが用意した餌に食いついたと言うことだ。北条氏康は今頃罠に嵌って怒り心頭であろう」

最上義守は、1万もの大軍を陽動に使える上杉家の力に驚いていた。

それと同時に、上杉晴景がどのようにして、これほどの力をつけることができたのか知りたかった。

「我らは間も無く引き上げる。心配は無用」

「上杉晴景殿にお願いがございます」

立ちあがろうとした上杉晴景は、最上義守の言葉に座り直す。

「願いとは」

「上杉家領内との交易を活発にしたいことと噂に聞く越後府中を訪れたく」

「それぐらいならかまわんぞ。上杉家と我が同盟国相手に喧嘩を売ることがなければいつでも歓迎するぞ。これから冬になる。春になり雪が解けたら来るが良い」

上杉晴景はそう言い残して寺を後にした。

上杉晴景はこの後に別の寺で伊達家の使者と会談をした。

伊達側には、あくまでも越後国内での軍勢の調練であると言い張り、伊達家の使者を返した。

そして、1万の軍勢は越後府中に帰ることになった。

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