第156話 戦いの火蓋

上野国平井城

北条氏康は相模の軍勢を主力に据えた2万3千の軍勢を率いて上野国に乗り込んだ。

武蔵国衆が地震の影響を理由に兵を出すことを渋ったためである。

まず、平井城を攻略するために平井城に進軍したが、その平井城が燃えている。

まだ、北条からは攻撃をしていない。

到着した時にはすでに煙を上げて燃えていた。

燃え盛る平井城と周辺には上杉の軍勢の姿は無い。

「これは一体・・・」

北条氏康の呟きに北条綱成が答えた。

「おそらく、我ら北条に使わせないためかと」

「使わせないためだと」

「越後上杉の軍勢は伊達との戦のため引き上げました。そのため、上野国の軍勢が手薄。手薄の状態では平井城を守れぬとみて、先に平井城に火を放ち、厩橋城に下がったのではないかと思われます」

「なるほど」

「これこそ、我らの吉祥でありましょう。この先、多少の抵抗はあれど、上野国を速やかに制圧出来るかと思われます」

「この火の勢いでは、平井城はもはや使えんな」

「城の一つぐらい問題ありますまい」

北条綱成の言葉に頷いていると氏康を呼び声がした。

「氏康様」

声の方を向くと松田盛秀がいた。

「周辺の農民達を捕まえ確認したところ、我らが到着する半刻(1時間)ほど前に上杉勢が油を撒いて火をつけたとのこと。火をつけた後、厩橋城の方へ逃げて行ったそうです。その数は100人にも満たなかったとのこと」

「平井城にその程度の軍勢しかいなかったと言うのか」

「何人かの農民や領民を捕まえましたが、皆同じ答えでした」

「分かった。ならば、厩橋城に向けて進軍する」

北条勢は北条氏康の指示で再び進軍を開始した。

だが、厩橋城に向かう途中の城がことごとく燃えていた。

周辺の農民や領民を探したが、今度は誰一人いなかった。

作物は全て収穫が終わり刈り取られた後で、農家の家には何も置かれていない。

作物はおろか、わずかながらの家財道具すら何も無かった。

農村には完全に空になった家々があるだけであった。

「何が起こっている。なぜ、誰もいない。なぜ、行く先々の城が燃えているのだ」

「綱成」

「ハッ、何でしょう」

「これはいくら何でもおかしい。周辺をよく調べよ」

「承知しました」

北条の軍勢は進軍を止め、周辺を調べるため物見を多く放った。

北条勢はすでに厩橋城の近くまで来てしまっている。

しばらくすると物見達が帰ってくるが誰一人農民や領民を発見できなかった。

北条氏康は言い知れぬ不安が湧き上がって来ていた。

既に上野国に深く入り込みすぎている。

「氏康様、もうすぐ日が暮れます。無理に進まずに、ここで野営といたしましょう」

「分かった。警戒はしっかり行え。嫌な予感がする」

「承知しました」


北条勢が寝入った深夜。

「火事だ。荷駄が燃えているぞ」

氏康は足軽達の声で目を覚ました。

「何事だ」

「後方に置いてある兵糧を中心とした荷駄が燃えております」

氏康の近くにいた近習の者達が答えていた。

北条勢の後方に置かれた、兵糧を中心とした荷駄から火が上がっている。

近くに川がないため、足軽達は布で叩いて消そうとするが消えない。

「クソ・・・消えない」

「油が撒かれているぞ」

「村の井戸を探せ、早くしろ」

「早く消せ、兵糧が全て燃えてしまうぞ」

北条の兵たちは必死に火を消そうとしていた。

半刻ほどして火が消えた。

そこには、無惨に燃やされた多くの兵糧の燃えカスだけが残されていた。

「綱成。被害はどの程度だ」

「兵糧の7割近くが燃やされてしまいました」

「警戒はしていたのか」

「荷駄を守る者がことごとく倒れております」

「上杉の手の者の仕業か」

「それしかないかと思われます」

「この周辺で食料は手に入るか」

「昼間の周辺状況ではかなり厳しいかと思われます」

「クソ・・これが狙いか、このままでは我らは立ち枯れだ」

北条氏康は厳しい表情をしている。

「氏康様、このまま進みますか」

「和睦を反故にしたのはこちらだ。このまま引けば天下の笑いものだ。今更引く訳にはいかぬ。武蔵国と相模国に食料を用意するように伝令を出せ」

「承知しました」

夜明けと共に武蔵国と相模国に伝令が出発した。




相模国小田原城

真田幸綱は上野国からの虎豹騎軍2万5千と真田の軍勢、小山田勢と共に小田原城を包囲していた。その数約3万5千。

甲斐との国境も大筒による攻撃で城と砦を丸ごと破壊してあっさりと通過してきた。

北条勢は相模の兵を主体にした編成で上野国にいる。

相模国内の兵は少ない

多くの大砲も用意してきていた。

上杉晴景から大砲の使用許可が出ていた。

大砲で小田原城を完全に破壊しても構わんとの指示が出ている。

小田原城のそれぞれの門に向かって大砲の準備をさせている。

「幸綱殿、これだけの数の大砲を用意されると驚きましたぞ」

小山田は並べられた大砲の数に驚いていた。合計五十門もの大砲が並んでいる。

大砲の前には馬での突撃を防ぐための柵が二重に置かれている。

大砲の周辺には鉄砲を用意した数多くの兵がいる。

「晴景様からの指示で、春日山城から火薬と共に大量に送られてきた。かなりの距離を飛ぶらしいぞ」

「小田原城に籠っている者は、何が用意されているか分からんでしょうな」

「さて、戦いの合図を挙げるとするか、大砲の打ち方用意。狙いは小田原城大手門と三の丸。大手門周辺と三の丸を徹底的に破壊しろ。撃て!!!」

真田幸綱の合図で砲撃が始まった。

数門づつ止まることなく交代で砲撃が続く。

次々に小田原城の大手門と三の丸、侍屋敷に着弾。

大手門周辺がドンドン破壊されていく。

大手門周辺に着弾するたびに隠れている北条の兵が吹き飛ばされていく。

大手門が見る陰もないほどに崩れ去り、三の丸も大きく崩れている。

三の丸は辛うじて三の丸であったことが分かるほどに砲撃で破壊されている。

二重櫓横の門と箱根口門、そしてその周辺にも砲撃が始まっている。

敵も味方も砲撃を見せつけられている者達は、砲撃の凄まじさに圧倒されていた。

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