第155話 交錯する思惑

天文19年11月上旬(1550年)

越後国春日山城

上杉晴景は各地からの報告と伊達稙宗からの書状に目を通していた。

「なるほど、北条も武田もあの伊達稙宗を利用しようとは愚かなことだ。北条はあの武田を信用するのか。武田の策をそのまま利用するつもりとは、武田は失敗しても何も失うものは無い。だが、北条はこの策が失敗したら矢面に立たねばならんことになる」

上杉晴景は呆れたような顔をする。

「晴景様、伊達稙宗殿は何と言ってきたのですか」

直江実綱は不思議に思い晴景に聞く。

「北条はいまだに上野国を諦めていないようだ。そこに上総の武田が手を貸している。見返りは何なのかわからんが。武田は、伊達家の内紛で隠居させられた伊達稙宗殿を越後に逃して、我ら越後上杉を伊達との戦に引き込み、さらに北条は伊達晴宗を焚き付け、我らと戦うように持っていき、その隙に上野国を奪うつもりのようだ。伊達稙宗殿は越後に来るつもりは無い。武田は適当にあしらっておくから、北条を罠にかけるなり攻めるなり好きにしろと言ってきた」

「ならば、如何いたします」

「今後のこともある。北条を一度徹底的に叩く必要があるな」

「北条に軍勢を送り込みますか」

「せっかく向こうが策を仕掛けてきたんだ。それを利用させてもらうか」

しばらく上杉晴景は腕を組んで考えていた。

「実綱」

「ハッ」

「上野国内の北条の間者は徹底的に排除せよ。特に上野国北部は念入りにせよ。上野国南部はわざと多少は残せ、その状態で上野国にいる虎豹騎軍を一旦信濃国へ移動させよ。上野国北部には別の虎豹騎軍を入れよ」

「入れ替えるのですか」

「信濃国に出ていくのはできるだけ北条側に分かるようにせよ。その代わり上野国北部に入る虎豹騎軍は北条に悟られぬようにせよ」

「なるほど北条を騙すのですね」

「その通りだ。さらに陽動として伊達との国境となる越後揚北に1万程集結させておけ。ただし、国境を越えることは禁止だ。儂の指示が出ない限り国境を越えてはならん。向こうが攻めてきた場合撃退は許可する。役割はあくまでも陽動である。そして、越後上杉が軍勢を北に動かしていて、伊達と一触即発だという噂を商人達を使い武蔵国で流せ。伊達側にも越後揚北に越後上杉の軍勢が集結していると情報を流せ」

「承知いたしました」

「後は、飛騨の姉小路直頼だな。ようやく姉小路の名跡が継げたか。ならばそう遠くない内に動く可能性がある。宇佐美定満率いる虎豹騎軍を越中に送れ、越中城代である景康と共に飛騨にあたらせよ」

「承知しました。直ちに」

直江実綱は急ぎ部屋を出ていく。

「さて、儂は景虎と真田幸綱に書状を送るか」


相模国小田原城

「氏康様、上野国の越後上杉勢が動き出しました」

北条綱成の声に、領内の報告に目を通していた北条氏康は綱成の方を向いた。

「どのように動いた」

「上野国内にいる北条の間者は、かなりの数を始末されてしまいました。おそらく間者を全て始末して秘密裏に移動を考えたようですが、わずかながら残った者達が信濃へ向かう越後上杉勢を確認しました。その数2万5千。さらに商人達が越後領内で軍勢が北に移動していると噂しております。おそらく伊達との戦ではないかと商人達が言っております」

北条綱成の報告に北条氏康は笑みを浮かべる。

「いよいよか、待ちかねたぞ。伊達家はどうなっている」

「伊達側も兵を集め戦う準備をしております」

「甲斐との国境はどうなっている」

「平穏でございます。甲斐国内でも兵の動きはないとのこと」

「越後上杉は伊達との戦に集中するつもりであろう。ならば甲斐との国境の備えを厳重にして、この隙に我らで上野国を切り取るぞ」

「承知いたしました。いよいよですな」

「上杉晴景・景虎にでかい顔をされるのもこれで終わりだ」

北条氏康は今回の戦いに自信を見せていた。




甲斐国躑躅ヶ崎館にて北条の動き出すことを待っていた真田幸綱。

「幸綱様、北条勢が動き出しました」

相模国に放っていた真田の忍びからの報告が上がってきた。

「ようやくか、待ちくたびれたぞ。上野国を出発した我らの軍勢2万5千の動きは」

「明日には、甲斐国境に到着すると思われます」

「わかった。引き続き北条の動きを見張ってくれ」

「承知しました」

真田の忍びは情報収集へと消えた。

真田幸綱は広間にいる真田の家臣達に向かって口を開く。

「北条が上野国に入り、上野からの2万5千の軍勢が甲府に到着次第、小田原城攻略戦を開始する。晴景様より小田原城を完全に破壊して構わんとのお言葉をもらっている。到着している大砲の点検を抜かりなくせよ」

「承知しました」

「火薬の量は大丈夫か」

「問題ございません。十分な量が春日山城より届いております」

「小山田殿はどうしている」

「準備万端問題無いとのこと。我らが甲府を出発次第合流する手筈でございます」

「わかった。問題無い。ただし、まだ北条に気が付かれぬようにせよ」

「承知しました」

家臣は急ぎ部屋を出ていった。

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