第154話 老獪なる策士伊達稙宗
天文19年9月下旬(1550年)
陸奥国伊具郡丸森城(現:宮城県伊具郡)
8年前に嫡男である晴宗の反乱により内紛状態となった奥州伊達家。
伊達家当主の
伊達稙宗側は優勢に戦いを進めていたが、味方である蘆名家の裏切りで劣勢となった伊達稙宗は、2年前に足利将軍足利義藤の和睦案を受け入れるしかなくなり、晴宗に家督を渡し、伊達稙宗側の者達の多くいる地域に近い、ここ丸森城に隠居となっていた。
伊達稙宗は今年62歳になるが若々しく、まったく老いを感じさせない。
そんな伊達稙宗は1枚の書状に目を通していた。
「フン・・くだらん策よ」
「如何されました」
伊達稙宗の側近である
小梁川宗朝は81歳になる。古くから伊達稙宗に仕えてきた。
若い頃は京で剣術修行に明け暮れていたらしく、その身のこなしはいまだに衰えを感じさせない。
「上総の武田に仕える者のくだらん策よ。まだ尻の青いやつの考えそうなことだ」
伊達稙宗は少し呆れたように話す。
「それは少々可哀想でございましょう。稙宗様にかかれば全員尻の青い餓鬼でございます。それで、その尻の青い者の策とは如何なるもので」
「ようするに北条家の頑張りで関東から関東管領殿を追い出しはいいが、代わりに関東管領殿を保護した越後上杉家上杉晴景が上野国を押さえた。上杉晴景を追い出したいが、上杉晴景が率いる越後上杉は強敵。そこで北条と武田が手を組んだのだろう。両者で儂と晴宗を再び焚き付け、そこに上杉晴景を巻き込み関東を手薄にしようという魂胆であろう。儂に越後に行く気があればそのための手伝いをすると言ってきている」
「ほ〜なかなか壮大な策ですな」
「馬鹿息子の晴宗ならば引っかかるか」
「流石に馬鹿は言い過ぎかと」
「馬鹿にバカと言って何が悪い。晴宗があと10年大人しくして居れば、伊達家による奥州の支配は盤石となり完成していた。晴宗はそこに君臨することができたにもかかわらず、焦りから謀反を起こし儂を追い落とした。その結果、支配下にいた者たちの独立を認めるしかなくなり、さらに家臣たちを繋ぎ止めるため、家臣たちにも多くの権利を与えるしかなくなった。そして伊達家は弱体化した」
「その結果、多くの者たちが独立した大名となり、伊達の楔から脱しましたな」
「結果は無惨なものよ。もはやこの先、伊達家で奥州を束ねることはできんだろう。晴宗は分かっていてもそれを口にできまい。言えば自分の正当性を失うからな」
「その書状は如何されます」
「この策ではひねりが足りんな・・ひねりが。愚か者は己の力でどうにもできんから他人の力を利用することばかり考える。所詮は浅知恵だ。浅知恵。上杉晴景には会ってみたいが流石に長期間留守にすれば、晴宗も気がついてここを攻めてくる。儂がいなければ、今まで儂を最後まで支えてくれた者達が攻めつぶされて終わる。それに北条と武田の尻の青い奴らに踊らされることも面白くない」
「ならば、いっその事その策に乗った振りをしますか」
「なるほど、それは面白いな。奴らの策を利用して晴宗や北条・武田がどう出るか、試してみるか。せっかくだ、儂の策も加えて少し掻き回してやろう」
「稙宗様、とても悪い顔をしておりますぞ。少し掻き回すでは済まないかと思いますが・・・なぜでしょう、晴宗殿や北条・武田の者が可哀想に思えてきました」
小梁川宗朝の言葉に伊達稙宗は笑みを浮かべていた。
「儂を利用しようとしたのだ。利用されても文句は言えまい」
「こういう時の稙宗様は活き活きしてますな。まさに乱世を生きる武将。乱世がこれほど似合う方は他にいないでしょうな」
「儂相手にくだらぬ策を使ったことを後悔させてやろう。クククク・・・良いぞ血がたぎってきた」
「ふ〜、やれやれ。ほどほどになさいませ」
「晴宗、北条、武田の連中がどんな顔をするか楽しみだな。そのためにまずは、上杉晴景殿に書状を出しておくか」
伊達領内に不穏な噂が広がり始めていた。
伊達稙宗が伊達晴宗を倒すために、密かに越後上杉領内に向かった。
直接上杉晴景に会い伊達晴宗を倒すための支援を依頼するために越後に向かった。
伊達晴宗はこの噂を聞きつけ不愉快になっていた。
噂を調べるように指示していた家臣がやってきた。
「噂の出どころは分かったか」
「残念ながら噂の出どころは不明でございます。ただ、稙宗様は小梁川宗朝ほか家臣数名と共にここひと月程姿が見えないそうでございます」
「何だと」
「探りを入れたところ小梁川宗朝殿と頻繁に密談を繰り返し、しばらく留守にすると申し渡して丸森城を出られたそうです」
伊達晴宗は、北条家から届いていた書状を思い出していた。
越後上杉家の上杉晴景と父の伊達稙宗が裏で手を結び、儂を追い落とそうとしていると書いてあった。
「謀りおったな、直ちに兵を揃えよ丸森城に出陣する」
丸森城の者に降伏を呼びかけて参れ。
伊達晴宗の指示で家臣達が丸森城に赴く。
すると居ないはずの伊達稙宗がいた。
「稙宗様、何故いらっしゃるのですか」
「何を言っている。儂の居城。居て当たり前だろう」
「越後に向かったのではないですか」
「越後?何を言っている。儂はここひと月程、近習の者達と鎌先温泉で湯治をしていたぞ。腰が痛かくて小梁川宗朝と近場で良い温泉はどこか相談を重ね、鎌先温泉で湯治することにしたのだ。ひと月も湯治をしたらすっかり良くなった。白石城の白石宗綱に聞いてみると良い」
慌てて家臣が伊達晴宗のところに戻ると、すぐさま白石城に問い合わせるために別の家臣が向かう。
やがて確認に行かせた家臣が戻ってきた。
「晴宗様、白石城主白石宗綱様は、稙宗様はここひと月程間違いなく鎌先の温泉にいたと申しておられます」
「何だと・・」
丸森城から伊達晴宗の陣営に申し開きに来ていた小梁川宗朝は呆れたように喋り出す。
「やれやれ、ろくに確認もせずに軍勢を動かすとは先が思いやられますな。いったい誰に吹き込まれたのやら、武器も持たず軍勢もない老人が湯治に出かけていたのが怖いとは・・・そのような真似はなかなかできぬこと。その用心深さにこの小梁川宗朝感服いたしました」
伊達晴宗は怒りを堪えながら軍配を握りしめていた。
陣営にいる他の家臣や諸将が晴宗に対して呆れたような視線を向けている。
「父・・父上には、儂の勘違いで騒がせ済まぬと申してくれ」
それだけ言うと晴宗は自らの居城へと急ぎ帰って行く。
丸森城では、去っていく伊達晴宗の軍勢を見ながら伊達稙宗は声を上げて笑っていた。
「晴宗、噂話や他家の話などを簡単に信じるようではまだまだ甘いな・・・伊達家を潰すなよ」
伊達稙宗は独り言を呟いていた。
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