第153話 山本勘助の策略
相模国小田原城
上総国を乗っ取った武田晴信から一人の男が使者としてやって来た。
肌は浅黒く隻眼でさらに片足が不自由な男。
その表情からは太々しさを感じる。
「武田晴信様の使者として参りました山本勘助と申します」
「わざわざ何のようだ。いよいよ武田晴信がくたばりでもしたか」
「残念ですが、我が主人武田晴信様はますます意気軒昂にございます」
「それは残念だな」
「ところで、北条様は色々とかなりお困りかと」
「さっさと要件を言え、さっさと・・」
北条氏康の表情が厳しくなる。
「狙っていた上野国は、上杉晴景に横取りされましたな」
「貴様、何が言いたい」
「さらに身内を輿入れさせてまで狙っていた古河公方も、上杉晴景の横槍で全てが無駄になりましたな。北条家と血の繋がった梅千代王丸殿ではなく、足利藤氏殿が古河公方となり、さらに将軍足利義藤様の義の一字までいただき、足利義氏と名乗ることになったそうで。いやはやこれは誠に残念な結果で」
山本勘助は不敵な笑みを浮かべている。
「だから何が言いたいと聞いている」
北条氏康は怒りを露わにする。
「上杉晴景にひと泡吹かせたいと思いませんか」
山本勘助の言葉に目を細める北条氏康。
「何を企んでいる」
「企むなどとは人聞きの悪い。我らは越後上杉に比べれば遥かに弱い。このままでは自然と飲み込まれてしまいます。気がついた時には手遅れとなりましょう。そのために我らは越後上杉という圧倒的な大河の流れに必死に抗うだけでございます」
「策があると言うのか」
「この世は乱世。力の無い者は踏み躙られる。だが、たとえ力がある者であっても油断をすれば消えていく」
「・・・・・」
「越後上杉家の領地は、多くの国々や大名家と接しています。その全てが良好では無い。越後上杉家の巨大さに脅威を感じている者が多いはず。」
「確かに、あの圧倒的な力は脅威だ。接している国々や大名も内心は脅威に思っているだろう」
「そこを利用して他の国境で戦を起こす。もしくは対立状態を作り出し、その隙を狙う」
「アテでもあるのか」
「一つは伊達。前伊達家当主であった伊達稙宗と今の伊達家当主の晴宗は犬猿の仲。伊達晴宗は父稙宗を隠居させようと家中を二分する戦を引き起こしました。伊達稙宗は家臣の裏切りと将軍足利義藤様の介入で隠居させられ、不満を募らせております。この伊達稙宗を越後上杉に逃し、伊達晴宗には上杉晴景が伊達稙宗を神輿にして領地を狙っていると吹き込む。伊達稙宗の隠居城に偽の書状でも置いておけば良いかと」
「伊達稙宗が越後に逃げるのか」
「伊達稙宗は上杉晴景の手腕を高く評価していると聞き及んでいます。噂では嫡男晴宗よりも評価が高いとか。さらに関東管領様を保護して上野国を取り返しました。伊達家当主に返り咲くことを考えているならば、伊達稙宗も越後上杉を利用する手を考えているはずでしょう」
「伊達稙宗が越後に逃げたとしても伊達晴宗が動くとは限らんぞ」
「北からは越後上杉の同盟相手である安東家が次々に北の大名家を飲み込み南下してきております。安東家は出羽国北部から下北半島・奥六郡(岩手県)を支配下に納め、さらに南下して磐井郡を手に入れ仙北平野を狙う様相となっております。東には強大な越後上杉。北からはその越後上杉の同盟相手の安東家。越後上杉に対する脅威は他の大名家よりも感じているはず」
「伊達晴宗はこちらの思惑に踊ってくれるのか」
「伊達晴宗が父の伊達稙宗に対して起こした戦で伊達家の支配下にあった大名家の多くは独立してしまいました。さらに多くの権限を渡すしか無い状況に追い込まれてきております。戦を起こし、その結果伊達家の領地と力は半減。結果を見れば、何のために戦をしたのかわかりません。伊達稙宗が伊達家当主であった時は、奥州の全てを束ねる大大名家でした。このままでは奥州の覇者では無く、奥州の一大名に過ぎなくなるでしょう。伊達晴宗も追い込まれております。このままでは伊達家を没落させたと言われかねません。そこで、越後上杉との戦で、独立した大名家の力を削ぎ、再び支配下に組み込むまたと無い機会だと思わせることが重要」
「なるほど」
「二つ目は飛騨国でございます」
「飛騨国・・」
「飛騨南部を支配する三木直頼は、飛騨国司姉小路家の名跡を継ぐことを望んでいましたが、ようやく朝廷と幕府に認められたようで、いよいよ飛騨統一に動くかと」
「それが越後上杉とどう関係してくる」
「飛騨北部を支配する江馬家は越後上杉家の臣下となっております」
「なるほど」
「さらに三木直頼改め姉小路直頼の背後には美濃国の蝮がおります」
「北条の役割は」
「飛騨が火を吹くのは時間の問題。放っておけば良いでしょう。伊達は我らで手を打つ必要があります。伊達稙宗が我ら武田でどうにかしましょう。伊達稙宗が越後に逃げたら、北条から伊達晴宗を上手く焚き付けていただきたい」
「武田は何を望む」
「下総に関して目を瞑っていただきたく」
「下総に関して目を瞑るか・・・良いだろう」
「北条氏康様の御英断に感謝いたします」
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