第151話 上杉晴景の戦
天文19年7月下旬(1550年)
越後国春日山城
上杉晴景と上杉景虎は将軍足利義藤との会談を終え越後国に戻っていた.
「兄上、これで古河公方様の継承問題に北条は口を挟むことは出来なくなりましょう」
「そうだな。これでしばらくは関東も静かになるだろう」
「ですが、北条は地震の被害を受けた武蔵国の立て直しをしております。それにケリがつけば暴走して、古河公方様を攻める口実を作ろうとするのではありませぬか」
「その頃には、国衆が動かなくなる可能性があるぞ」
上杉晴景は、笑みを浮かべそう言った。
「それはなぜです」
「何のために、上野国衆を使い地震に苦しむ武蔵国の支援を許可したと思う。支援の中身は食糧だけでは無く、我らの天下泰平銭も含まれている。商人達はすぐさま武蔵国に入っている。そして活発に物の売り買いをしている。我らが贔屓にしている商人は、先を見て割安でものを動かしているぞ、武蔵国という商圏を手に入れるためにな。そして、武蔵国にある宋銭などは、どんどん天下泰平銭に入れ換わっていっている。今の速さでいくとそう遠くない内に武蔵国は我らの天下泰平銭無しには何も出来なくなる。我らは何もぜずにいるだけで武蔵国衆や領民は、北条の支配下でありながら北条よりも我らの顔色を伺うしかなくなる」
「兄上はそこまで読んでいたのですか」
上杉晴景の言葉に驚く景虎。
「景虎。我ら越後上杉家の虎豹騎軍を表の強さとすると、裏の強さは情報を制する軒猿衆であり、我らの使う天下泰平銭であり、天下泰平銭を巧みに動かす商人達なのだ。我らの天下泰平銭と商人が結びつくことで無類の強さを発揮する。商人は我らに直接仕えている訳ではないから他国も抑えようがない。そして、商人たちはどこにでも入って行き商売をする。そしてその地にある宋銭を根こそぎ天下泰平銭に入れ替えてしまう」
「根こそぎですか」
「割安で手に入れた天下泰平銭で物が買える生活に慣れてしまえば元には戻れぬ。北条にそれを防ぐ手立ては無い。北条領内の銭が全て天下泰平銭に変わってしまうまで放っておけば、北条は屋台骨を我らに握られることになる。それを防ぐには鎖国しか無い」
「鎖国すれば銭が回らなくなります。そうなれば物々交換の世になり領内はとても貧しくなります」
「そうだ。贅沢や便利さを知った者は元には戻れん。貧しい生活に我慢できなくなるからな。和睦の停戦期間が5年もあるから時間は十分ある。武蔵国に我らの商人達が入り込んでいるということは盛んに噂を流していることだろう。越後上杉の支配下に入った村々は皆豊になったと」
「ならば、北条がそれに気づいたらいきなり我らに攻め寄せることもあり得ます」
「そのために、あえて景虎を上野国に置き、巨大な厩橋城の築城をさせたのだ。簡単には上野国を取れん。北条が上野国に兵を出しすぎると、我らに甲斐国から一気に攻め込まれることになる」
「そうなると小田原に籠城ですな」
「その時は北条の周りは全て越後上杉と我らの同盟国の今川領。北条が助けを求めるとした房総から常陸の大名だが、その中心の古河公方様の後ろ盾は我ら越後上杉家。大名達は動けん。上総を乗っ取った武田がどうするのかぐらいであろう」
「北条は動けないということですか」
「北条が動くとしたら半年以内。そこがギリギリだろう。だが、北条は気がつきそうに無い。領内の税の改革に手一杯のようだ」
「兄上はいつからこの様なことを考えていたのですか」
「産業育成や商業政策・銭の発行・農業政策・武力・兵力は全て一体だ。全ては連動している。兵力を集め動かすには、兵糧や銭が必要だ。兵糧や銭は勝手に湧いて来るわけでは無い。兵糧を集めるには農業政策でより豊かな実りをもたらす様にしなければならん。銭は産業を起こし売り買いを活発にさせ、鉱山を開発しなければならん。単独でどうこうなることは無いのだ」
「全ては繋がっているということですね」
「戦で決着をつけてもいいが、我らの兵力と北条の兵力の差は歴然。圧倒的な兵力と軍備の差を北条にひっくり返すことはできん。小田原城に籠城されても、小田原城を我らだけで攻略する手立ては考えてある。生産を開始した新型の大砲を打ち込んで破壊していけば数日で決着がつく。我らの天下泰平銭が流通すれば、北条領内の兵糧になるものを高値で根こそぎ買い付けることも可能だ。我ら相手に籠城戦は無駄だ。戦の本質を知り、我ら越後上杉戦力を知る武将なら我らと戦うなんぞ考えん」
「既に決着はついているということですか」
「天下泰平銭という毒が静かに回り始めている。毒に気づいた時には手遅れだ。あとは我らの備えを固め、我らに依存させるだけだ」
景虎は、兄晴景の策を聞き、銭の力に対する認識を改めるのであった。
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