第150話 弔問外交

天文19年6月中旬

晴景、景虎一行百名は、将軍の御座所が置かれている比叡辻にある宝泉寺に到着していた。

直江津から小浜まで船を使い。陸路琵琶湖に出で船で比叡辻近くまで来て、そこから再び歩きだ。道中の大名家とは交易での繋がりもあり、さらに将軍家への弔問とのことで揉めることもなく通過できた。

目の前には第13代足利将軍足利義藤様が居られる。

まだ14歳に過ぎない。

そういえば、自分が先の将軍義晴様にあったのはお互いに10代のころだった。

隣には幕府管領細川晴元と六角定頼がいる。六角定頼は今年で55歳になるはずだ。

六角定頼、外交、内政とどちらにも手腕を発揮したかなりの切れ者で、六角氏の最盛期を築き上げた男だ。

この時代で商業の重要性が分かる数少ない大名。

織田信長の楽市楽座も元は六角定頼だ。

六角定頼の跡を継ぐことになる義賢は、大名としてはごく普通であり凡人のため、何かと偉大な父と比べられ可哀想なほどだ。

まだ、幼さが残る将軍足利義藤が三好長慶という化け物と戦えるのは、六角定頼という傑物がいるからだ。幕府管領が家柄と権力欲の細川晴元では無く、六角定頼ならばもう少し状況が変わっていたかもしれないが、それは今更言っても仕方が無いことだ。

六角定頼が亡くなると、劣勢になって行きやがて三好長兄と和睦するしかなくなるのだが、それはもう少し先になる。

香典では無いが将軍家に5千貫ほど納めた。

「将軍足利義藤である」

幼さの残る少年将軍。やはり先の将軍義晴様の面影がある。

「越後国上杉晴景と申します。これなるは弟の上杉景虎」

「上杉景虎と申します」

「わざわざ越後国から父義晴のために弔問に来てくれるとは、嬉しく思うぞ」

「勿体ないお言葉」

「上杉晴景殿は毎年多額の献金をしてくれる。懐具合の厳しい幕府にとっては大いに助かっている。頼みたいことがあるのであろう。遠慮なく申してみよ」

「関東の古河公方家を嫡男である藤氏殿が継ぐことをお認めいただきたいと思い参上致しました」

「嫡男であればそのまま継ぐであろう。儂がどうこう言うことではないであろう」

「いえ、今の関東は相模北条家が勢力を伸ばし、古河公方家の継承にまで口を挟む状態となっております。将軍様が次の古河公方は藤氏殿と認めていただけたら、関東の騒乱を抑えることに繋がり、関東における将軍家の威光も高まることに繋がります」

「なんと、北条家が古河公方の継承にまで口を挟み始めているのか。相模の北条家と言えば元々は足利将軍家に仕える伊勢家だったはず。晴元はどう思う」

「上杉晴景殿の申す通り、騒乱状態の関東の地に将軍家の威光を示す、またとない機会かと。将軍家の威光で足利藤氏殿が関東古河公方としての役割を果たされれば、天下静謐に繋がるかと思います。」

幕府管領細川晴元には、事前にしっかり根回し済みだ。

その分銭ははずんだが、その分しっかり働いてくれればいい。

その時の光景は、まさしく悪徳商人がお代官様にそっと黄金の菓子を渡す光景を連想させる。

流石に越後屋とは言わなかったが。

「分かった。よかろう。他ならぬ上杉晴景殿の頼みだ。関東古河公方は足利藤氏殿が継ぐことを認め、儂の名から一字与え足利義氏と名乗ることを許す」

「ありがとうございます」

本来なら、北条が押す梅千代王丸が足利義氏と名乗ることになるはずが、足利藤氏殿が足利義氏を名乗ることになった。これでまた歴史が変わるが仕方ないだろう。

しばらく先の将軍義晴様の話をして退出となった。


帰ろうとしたところで六角定頼殿から声がかかった。

「上杉晴景殿、少しよろしいか」

「六角定頼殿、何でしょう」

「二人だけで話がしたい」

「わかりました」

六角定頼殿の案内で奥の一室に案内された。

「上杉殿、畿内の情勢をどう見ておられる」

「三好長慶は手強い相手。まともに戦うのは得策ではないでしょう。和睦するのが宜しいかと」

「儂もそう思うがなかなか上手くいかぬ」

「将軍様も三好もお互いに面子があり、双方ともに簡単には折れないかと」

「その通りだ」

「ならば、朝廷に動いていただくしかないでしょう」

「だ・・だが・・」

「朝廷に借りを作りたくないのはわかりますが、そのような事を言っている場合ではないでしょう。朝廷から三好長慶に朝廷の認める将軍は足利義藤様であり、朝廷の威光に従わないものは御敵である。速やかに将軍に従うべきであると綸旨を出していただくことが重要かと。その上で幕府の要職に据えて取り込む以外ありません。くれぐれもまともに戦うことは避けるべきと思います。戦う場合は朝廷から菊の紋が入った錦の御旗の使用を許可していただき、軍勢の前面に掲げることもよろしいかと。錦の御旗を掲げる軍勢に攻めかかればそれは朝敵。効果はあるかと思います」

「それは・・・」

六角定頼は苦情の表情を浮かべる。

「六角殿、迷っているほど時はありません。それは六角殿がよく分かっているはず。いかに先手を打つか。戦を有利に進めるにはこれしかありません。敵の先手を打つ、これ以外にありません」

「分かった。多くの国を切り従えた上杉殿の策で朝廷に掛け合ってみよう」

「それが宜しいかと、待っていては状況は不利になって行きます」

「確かにそうだ。引き止めてすまなかった」

朝廷を動かせれば畿内は静かになるだろう。

上杉晴景は六角定頼と別れ御座所を後にした。

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