第149話 古河公方の苦悩

下総国古河城

関東足利家の本拠地であり古河御所とも呼ばれていた。

瀬良川の東岸にあり、瀬良川を天然の堀としていた。

古河城の一室に古河公方足利晴氏、嫡男の藤氏、筆頭家臣の簗田晴助やなだはるすけがいた。

古河公方足利晴氏は北条からの書状に目を通酢に従い表情が険しくなっていった。

「公方様、北条はなんと言ってきているのですか」

芳春院殿ほうしゅんいんでんとその子である梅千代王丸を返せと言ってきた」

「何という傲慢無礼な物言いですか」

簗田晴助は怒りを露わにした。

「芳春院殿様は北条氏綱殿の娘ですからまだいいでしょう。梅千代王丸様は公方様お子。渡せば勝手に古河公方の位に据え、さらには鎌倉公方を名乗らせ操り人形にするのは明白」

「儂は渡すつもりは無い。だが、河越での大敗で北条の圧迫は増してきている」

「父上、ここは越後上杉家を頼るしかありません」

嫡男である藤氏は、父である晴氏が古河公方になるために、越後上杉家当主上杉晴景の父長尾為景から幕府への口添えも大きかったと聞いていた。

「上杉晴景殿は関東への介入は消極的と聞いている」

「ですが、関東管領上杉憲政殿の一任に基づき、すでに上野国において統治されています。しかも上野国におられるのは上杉景虎殿。河越の戦いで活躍された方です」

古河公方足利晴氏は、しばらく悩んだ後口を開く。

「簗田、越後上杉家に使者を出す」

「承知しました。ならば、まず上杉景虎殿に口添えいただき、越後上杉家当主上杉晴景殿にお頼みすることにいたしましょう」

「それで良い。では頼むぞ」

「ハッ」


天文19年5月中旬(1550年)

越後国春日山城

上杉景虎は、古河公方の筆頭家臣である簗田晴助と共に越後国春日山城に戻ってきていた。

簗田晴助が厩橋城に訪れたときは、余計な約束はせずに帰ってもらおうとした。

だが、兄晴景に口添えしてもらうまで帰らぬと言い、ひたすら頭を下げられ、それが数時間にも及んだ。そして、最後には口添えしてもらえぬなら公方様に面目が立たぬ、この場で切り捨てて欲しいとまで言われ景虎が折れたのであった。

広間で簗田晴助と共に兄晴景を待つ景虎。

やがて、兄晴景がやって来た。

「兄上、お手を煩わせて申し訳ございません」

「景虎が根を上げるとは、驚いたぞ」

「申し訳ありません」

「簗田殿、要件を聞こう」

平伏していた簗田晴助は顔を上げた。

「上杉晴景様、景虎様、ご両名にご無理を申し上げ申し訳ございません。ぜひ、上杉晴景様にお願い致したいことがございます」

「北条に関することであろう」

「はい、北条家から古河公方様への圧力が日に日に強くなって来ております。近頃は、北条家より古河公方様の元に、側室として入られた芳春院殿様とそのお子の梅千代王丸様を返せと言い始めております」

「北条に渡せば、次は嫡男の藤氏殿を廃嫡して、梅千代王丸殿を嫡男にしろといい出すであろうな」

「晴景様もそう思われますか」

「当然の結果だろう。それで儂にどうしろと言われるか」

「北条家の横暴を抑えるためにお力添えいただけませぬか」

「これは古河公方様のお家の問題。儂がどうこう言うことでは無いであろう」

「そこをどうか・・・」

本来の歴史通りならば、藤氏殿を廃嫡。梅千代王丸を嫡男となり、その子が足利義氏となり北条に操られることになる。

そこを変えるならば、古河公方様の強い覚悟が必要だ。

「関東における北条の力は侮れないものがある。それを跳ね除けるには、古河公方たる足利晴氏様の強い覚悟が必要だ。その覚悟が古河公方様にあるのか。言いたくはないが、中途半端な気持ちでは関東管領山内上杉家、扇谷上杉家の二の舞となるぞ」

「ございます。公方様はこの状況を強く憂いております」

「・・・手は一つだけだ。戦でことを構えるのは論外だぞ。戦では一歩間違えたら公方家はすぐに消えてしまう。北条は古河公方家と戦となれば躊躇いなく完全に潰しにくるぞ」

「そのたった一つの手立てとは・・・」

「足利将軍足利義輝様に次の古河公方は嫡男藤氏殿であると公式に認めてもらうことだ」

「そ・・それは」

「難しくともやらねばならんぞ。残された時間は少ない。北条はますます圧迫してくる。時間的にはあと2〜3年しかないだろう」

流石に躊躇うだろうな。お願いしたからといって簡単にハイとは言ってくれない。

血筋、家系だけでなく、最後は資金力だ。

幕府と朝廷を味方につけるには相当な資金力が必要だ。

古河公方様の領地は水運に恵まれているが生かしきれていない。宝の持ち腐れ状態だ。

貧しくはないが潤沢でも無いだろう。

今の古河公方様に幕府と朝廷を抑えるだけの資金は厳しいだろう。

「兄上」

「どうした」

「兄上は天下泰平を掲げておられます」

「そうだな」

「ならば、これこそが天下泰平に繋がる一つの道ではありませぬか。兄上が京の都に巣食う輩を嫌っているは分かっています。ですがその一方で毎年朝廷と足利将軍様にかなりの銭を献上されています。おそらく諸国の大名の中で最も銭を出しておりましょう。兄上が黙って献上される銭で朝廷も将軍様も助かっているのは事実。なのに兄上は、朝廷にも幕府にもほとんど何も要求されていません。諸国の大名は、銭を出せば必ず見返りを求めます。なのに兄上はほとんど何も要求されません。諸国の大名とは違うそんな兄上の言葉ならば、足利将軍足利義藤様(後の足利義輝)も聞いてくださるのではありませぬか」

「どこから銭の献上を聞いたのだ」

「兄上から跡を継げと言われた時から色々と学んでおります」

「やれやれ、抜け目ないな。誰に似たのやら」

晴景は小さくため息をつく。

「分かった。儂から将軍様にお願いしよう。5月4日に先の将軍義晴様が亡くなられた。弔問を理由に小勢で上洛するとしよう。ただ、将軍家側と三好長慶側との争いのため将軍様は比叡辻の宝泉寺をご座所とされている。ならば景虎、儂と共に上洛するぞ」

「承知しました」

景虎は笑みを浮かべながら上洛を承諾したのであった。

「簗田殿、貴殿も同行せよ」

「よろしいのですか」

「古河公方家の者もいた方が良い」

「ありがとうございます。ぜひお願い致します」

晴景は直ちに出発の準備と将軍家と道中の大名家に、弔問に向かうとの先触れを出すことにした。

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