第148話 関東の要厩橋城
天文19年3月中旬(1550年)
上野国厩橋城が完成した。
広さが約25万坪にもなり、かなり広大な城だ。
幅が一町(約110m)ほどもある巨大で深い空堀。
利根川などの流れを使った二重堀。
こちらも堀の幅が約一町あり、同じく深く掘ってあり、水か無くても渡ることはできない。
堀そのものが混凝土で作られた巨大なU字構の様になっている。
水がない時に落ちれば死ぬ。
さらに混凝土だから石垣のように手足をかける隙間もない。
つまり落ちたら誰かの助けがなければ、上がることができない。
城のそれぞれの配置では、いくつもの曲輪や櫓を配置して死角を無くした作りになっている。
坂東太郎と異名が付く利根川沿いは、かなり分厚く混凝土を打ち、さらに地中深く掘り混凝土を打つことで利根川の流れで土台が流されないようにした。
城そのものの土台部分は、かなり大量に盛り土をして土地そのものをかなり嵩上げしている。
上杉景虎は、厩橋城を見て満足していた。
厩橋城が持つその堂々たる風格は、まさしく関東における上杉家の中心となる城に相応しいものであると感じていた。
景虎が本城の庭にいるとそこに兄である上杉晴景がやってきた。
「景虎。見事な作りだ」
「ありがとうございます。皆が力を貸してくれたからこそできた城です」
「おそらく関東にこれを超える城は無いだろう。他に比べるものが無いほどに素晴らしき城だ。まず、この城を攻め落とすことは出来ないだろう」
堅牢な城を攻めるならば兵糧攻めにするのが常道だが、利根川の水のほかに多くの井戸があり、さらに食べられる実を多くつける木々を城内に多く植えている。
長期戦を想定した作りをしている。
あとは裏切りぐらいだが、外周部の各曲輪や櫓はそれぞれ堀で囲まれ、さながら島のようになっているところがいくつかある。その部分は、橋を経由して奥へ向かう様にしてある。つまり裏切りなどの状況次第で他の曲輪や櫓への橋などを破壊すれば、城の奥へは行けないようにできる作りだ。
「城の縄張りをした真田幸綱が自慢しておりました。今できる最高の城だと」
「そうか、ならば何か褒美を与えてやらねばならんな」
「そこは、兄上にお任せいたします」
「わかった。何か考えよう。ところで関東の情勢はどうなっている」
「北条は未だに地震の影響から抜け出せておりません。まだ、しばらくはかかるかと思います。
問題は下総国と古河公方様」
「下総国と古河公方様か」
「下総国でどうやら内輪揉めから戦になりそうです」
「下総で内輪揉めだと」
「どうやら武田晴信が裏で糸を引いているようで、昔は結束が強かった国ですが今はバラバラです。まさに乱世の縮図のような有様になっています」
「もしもそうなれば、北条家も黙っている訳にはいかないだろう。古河公方様の方はどうなったのだ」
「古河公方様に関しては、北条家から古河公方様に側室として北条氏康殿の妹が入っており、男子の子をもうけております。北条家はその二人を返せと言い出している様です」
「古河公方様も簡単には飲まんだろう。特に男児ならば自分を亡き者にしたあと、自分の代わりに古河公方を継がせて、その子が北条の駒として操られることが容易に想像できるだろう」
「そうでしょう。古河公方様も話を突っぱねている様です」
「ただ、古河公方様の力は急速に落ちている。いつまで、北条の話を突っぱねることができるのか、わからんぞ」
「確かに」
「扇谷上杉家が滅び、関東管領山内上杉家が事実上終わっている。古河公方様の手足となり働くものはいないだろう」
「常陸国の佐竹ぐらいでしょうか。その佐竹も内紛に決着をつけまとまったばかり、余計なことに力を使う場合では無いでしょう」
「佐竹も古河公方様に全て従っている訳ではあるまい。利用できるところは利用する。その程度ではないか。もしも、我らに手を貸せと言い出してきてもできるだけ関わらない様にせよ」
「承知しました。今の急務は上野国の安定と体制の強化。急ぐことにします」
武蔵国東部
薄汚れた姿の旅の商人が農村を回っていた。
その商人は、村人たちが野良仕事の休憩をしている輪に近づいていった。
「こいつはひどい有様じゃないですか」
「おお、久しぶりじゃないか。確か上総の旅商人、茂助さんだったな。今までどうしてた」
「こちらは地震の影響がひどいと聞いてましたから地震の影響の無い常陸で商いしてましたよ」
「そいつは正解だな。年貢や賦税が払えなくて村を捨てるものが多い。最近になってやっと北条様が年貢や税を下げてくださった。さらに名主たちの横暴があれば直訴して良いとのお触れだ」
「お武家様が直訴なんて本気で認めるとは思えませんよ。形だけですよ」
「い・・いや、認めてくださると・・・」
「今まで長いこと何もしなかったんですよ。あまりにも人が逃げ出すからやむなくやっただけでしょう。すぐに元通りですよ。すぐに戦や賦役に駆り出されるに決まってますよ」
村人たちは旅の商人である茂助に、不安に思っていることを言われて、黙るしかなかった。
そして旅の商人茂助は村を離れ、街道を進むと一人の男が街道脇の岩に座っていた。
「どこに行きなさる」
「旅の行商に来たがまだしばらく商売にならんので国に帰ろうかと」
「村人の不安を煽る真似をしていたではないか、忍びとしては商売繁盛であろう、甲斐忍び頭領、富田郷左衛門。領民の不安を煽るのはやめろ」
「・・・ククク、儂は何もしてないぞ風魔小太郎。目の前の出来事をありのままに話しただけだ」
「上総に大人しく帰ってもらおうか、それともここで死ぬか」
「お〜怖い怖い。しがない旅の商人ゆえ、ちびってしまいそうだ」
商人の男は顔に余裕の笑みを浮かべている。
「貴様はいつもそんな人を舐めたような態度する。忌々しい奴だ。気が変わらんうちに失せろ」
「有難いお言葉に従い早々に逃げるとするか」
「二度と北条領内に立ち入るな、次に見つけたら殺す」
「あ〜そうだ。お節介ついでに一つ。古河公方と交渉に困ったら我が主人に頼る手もあるぞ。なかなか面倒見の良い方ゆえ力になってくれるかもしれんぞ」
富田郷左衛門は言葉に風魔小太郎の顔色が変わる。
「何だと、貴様それはどう言うことだ」
「ハハハハ・・・」
一陣の風が吹くと共に二人の姿は消えた。
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