第146話 天文武蔵国大地震

天文18年4月中旬深夜(西暦1549年)

武蔵国江戸城

その昔、太田道灌が江戸城城主であった頃は大いに栄えていたが、太田道灌が文明18年(1486年)に暗殺されて以来江戸は衰退の一途をたどり、この頃の江戸城は、北条家の単なる支城の一つに過ぎない存在となっていた。

江戸城の本城は、北条家家臣富永直勝。二の丸は、北条家家臣遠山直景が在城して預かっていた。

本城を預かる富永直勝は激しい揺れに目を覚ました。

あまりに激しい揺れのため立つことが出来ずに、這いつくばってひたすら揺れが収まるのを待つしかなかった。

外からは城の屋根に使用されている屋根瓦が一斉に落ちて割れる大きな音がしている。

何かが折れて倒れる音もしてきた。

あまりに激しい揺れで城がギシギシを不気味な音を立てている。

どのくらいだろうかようやく揺れが収まった。

全身に嫌な汗をかいている。

立とうとしたときに再び大きな揺れが襲ってきた。

再び揺れが収まるまでジッと耐えていた。

揺れが収まると恐る恐る立ち上がり城の様子を確かめるために動き出す。

「富永様。大丈夫でございますか」

家臣の一人が駆け寄ってきた。

「儂は大丈夫だ。これほどの大きな地震だ。かなりの被害が出ているだろう。江戸城と武蔵国内の被害を至急調べよ」

「ハッ」

周囲を見ると縁側沿いの雨戸は全て倒れ、月明かりが差し込んできている。

多くの屋根瓦が落ちたようだ。庭先に落ちて砕けた瓦が大量にあり山となっていた。

柱が折れ、梁が落ちている箇所もいくつもあるようだ。

もしも、その場所にいたら自分も危なかったかもしれない。

実際の被害は、夜が明けてからでないと分からないだろう。

城と領内にかなりの被害が出たであろうことは確実であった。



上野国平井城

上杉景虎は、深夜に起きた強い地震に関しての報告を受けていた。

深夜に強い地震が起きたため、すぐさま斎藤朝信に被害を調べさせ、必要な対応をするように指示していた。

景虎の前には、今年で22歳になる斎藤朝信がいた。

斎藤朝信は、上杉晴景より景虎の補佐をするように命を受け、景虎に代わり日々上野国内を忙しく動き回り、各国衆達との会合や周辺情勢収集してまとめていた。

「平井城に関しましては、瓦が多少落ちた程度。完成間近の厩橋城は漆喰の壁が何ヶ所かビビが入ったようですが他には異常はございません。問題無いかと思われます。利根川の河川工事に関しても特に異常は見られません。利根川の土手などが崩れたとの報告もありません」

「他の上野国内はどうなっている」

「今のところ農地などに異常は無く、山間なども土砂崩れなどの報告は入ってきておりません。ただ、武蔵国はかなり被害が大きいようです」

「武蔵国か」

「軒猿衆からの報告によりますと武蔵国江戸城はかなりの被害を受けたようで、しばらくは使い物にならないかと思われます。武蔵国内の他の城もかなりの被害のようです。海沿いでは6尺ほどの高さの津波があったようで、海に近い集落で被害が大きいようです。他に地割れで田の水が抜けたりなどの被害も出ており、場所によっては地面から泥水が吹き出すなども起きているとのこと。農村では田畑の被害が大きようです。海沿いの田畑は潮水に浸かり収穫は絶望的でしょう。このままですと村を捨てる農民も出てくる可能性はあるかと思われます」

この時代は海岸に堤防なんて無いから、海沿いならば少しの津波でもかなり奥まで入り込んでしまう。その結果、田畑が海水に浸かってしまうことになる。

「支援をすべきか」

「北条家から要請がなければ、越後上杉家として動くのは危険かと」

「危険?」

「我ら越後上杉が直接動けば、我らが武蔵国を狙っており、地震で情勢不安の隙を突いて、農民や国衆を懐柔し扇動しようとしていると見られかねません。下手をすれば北条の疑念を招き、いらぬ騒動を呼び込みかねません」

「なるほど」

「動くのであれば、上野国衆を使われる方がよろしかと思われます」

「上野国衆を使うか」

「上野国衆の多くは、武蔵国衆と縁戚関係の者が多いです。縁戚同士で支援ならば北条から敵視されることは無いかと思われます」

「ならば武蔵国衆と縁戚関係にある上野国衆を使い必要な支援を許可する。北条と揉めない程度に支援せよ。兄上にはこの景虎から報告をしておく」

「それと武蔵国の情勢不安につけ込むものが出る恐れがあります。そうなるとこちらにも飛び火してきましょう」

「ならば、武蔵国の東側の国々の情報も集める必要があるな。では、そこも含めて対応してくれ」

「ハッ、承知いたしました」

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