第144話 同床異夢

上杉景虎と北条幻庵との戦いが北条側の撤退で終わった。

上杉晴景は景虎と合流した後、ゆっくりと平井城に向けて進軍することにした。

家臣達から景虎と北条幻庵との一騎討ちを聞かされ驚きのあまり景虎をジッと見つめる。

「景虎、乱戦で仕方ない面はあるが一騎討ちは関心せん」

「兄上、申し訳ありません」

景虎が申し訳なさそうに頭を下げる。

その様子に少しため息をつく。

絶対に反省していない顔だ。

一応反省しているふりをしているが、絶対に反省してない。

「以後気を付けるようにしてくれ」

景虎が不思議そうな顔をする。

「どうした。儂の顔に何かついているか」

「兄上はもっと怒ると思ったのですが」

「景虎は反省してないだろうから、これ以上怒っても無駄だろう」

「いえ、非常に反省しております」

景虎の表情はにこやかだ。

「やれやれ・・・」

越後上杉家の軍勢はゆっくりと平井城に向かっている。

そこに家臣の一人が急ぎやってきた。

「ご報告いたします。北条家より和睦の使者として北条綱成殿がお見えです」

「北条綱成殿が和睦の使者だと」

「分かった。すぐに陣幕をはり、会談の準備をせよ」


床几に座り待っていると、一人の男が入ってきた。

「上杉晴景である」

「北条綱成と申します。我らが主である北条氏康様は、これ以上越後上杉家との戦を望んでおりません」

「和睦したいと言うことで良いのか」

「ハッ、越後上杉家とは争わずに末長く良好な関係を得たいと思っております」

「北条家が望む和睦の条件は何だ」

「上野国は越後上杉家の領地として認め、北条家の軍勢は上野国から完全に手を引きましょう。上野国と武蔵国との国境を北条家と越後上杉家の境として、今後5年間お互いに戦を仕掛けないととする。可能なら10年でも宜しいかと思います」

「条件に関しては問題ない。不戦期間はとりあえず5年。5年目に延長するかどうかを決めることとする」

「承知しました。ならば人質の件でございますが」

「人質は不要だ」

「エッ、不要でございますか」

「人質を取ったところで戦わねばならん時は戦になる。人質がいてもいなくても戦は起きる。それゆえ不要である。それゆえ双方共に人質は無しとする」

「本当に人質は不要で宜しいのですね」

「くどい。上杉晴景としてはっきり言う。人質は不要」

「承知しました」

「細かな国境の確認は、後日双方から事務方を出して詰めていくこととする」

「その件についても承知しました。直ちに戻り準備いたします」

「分かった。それで良い」

北条綱成は急ぎ小田原城に戻って行った。

「兄上、和睦は武蔵国まで攻め込んで、北条をある程度叩いてからでも良かったのではありませんか」

「そうしても良かったが、そなると追い詰められる形となる北条は、上総を乗っ取った武田と手を結ぶ。今犬猿の仲となっている両者が手を結び我らを挟み撃ちにするだろう。ここで手打ちにする事で北条は東に勢力を伸ばして行くしかない。そうなれば上総を乗っ取った武田と手を結ぶことは出来ん。いずれ両者はぶつかることになる。武田と北条がぶつかるなら後方支援してやればいい。だが、これで関東はしばらく安定することになる。この間に上野国の備えを固めていくこととする」

「なるほど。承知しました」






相模国小田原城

北条氏康は北条綱成からの報告を聞いていた。

「そうか。越後上杉との和睦が成ったか」

「ハッ、ですが上野国を諦めて宜しいのですか」

「問題無い。武蔵国まで北条の領地として大国である越後上杉が認めたのだ。この意味は大きい。本来なら他の関東諸将は簡単には認めないが、大国である越後上杉が認めたとなれば情勢は我らに有利となる」

「古河公方が黙っていないのでは」

「古河公方は手足が無い人形と同じ。何も出来ん。たとえ上総を乗っ取った武田が出てきても、越後上杉との関係が維持できていれば、我らの背後は越後上杉家と今川家。背後を気にせずに軍勢を使える。これは大きい」

「なるほど」

「後は、古河公方に側室として入った我が妹とその子を我らの手に戻さねばならんな」

「承知しました。そちらの件も動きましょう」

「頼むぞ」

「ハッ」

「さて、叔父上。日頃から私に、大将たるものは後方でどっしりと構えていろと言われているにもかかわらず、自ら一騎討ちをされるとは」

「北条家当主たるもの細かいことを気にしてはいかんぞ。戦の流れでそう成ったまで」

「皆の話を聞くと最初から景虎狙いで飛び込んで行ったと聞きましたが」

「戦の流れでそうなったまでと言ったではないか」

「ホホゥ・・・盛んに武威を見せてみろとか言われたとか」

「武将としてかなりのものとみた。我が北条家に欲しい武将だな」

開き直ったように堂々としている叔父北条幻庵。

きっと、また自ら前線に立って飛び込んでいくに違いないと、確信する北条氏康であった。

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