第143話 景虎と幻庵

上杉景虎は、自らが率いてきた越後上杉の軍勢1万2千と共に急ぎ出陣した。

越後上杉側に恭順した上野国衆を、北条勢が攻めるために軍勢を動かしたとの報告が入ったからだ。

越後上杉につくか、北条につくか、迷っている上野国衆を恐怖で縛る策だ。

越後上杉家につけば、すぐさま討たれてしまうと少しでも上野国衆が思えば、将来的に面倒な火種を残すことになる。

北条勢が向かった先は青柳城と小泉城とのことだ。

「急げ、グズグズしていると上野国南部は北条のものとなるぞ」

景虎の激にさらに速度を上げる軍勢。

暫くすると前方から物見が戻ってくるのが見える。

「ご報告いたします」

「どうした」

「青柳城主である赤井照康殿、小泉城主の富岡秀親殿、両名とも北条に討たれたとのこと」

「チッ・・遅かったか」

「両名を討ったのは、北条家黄備えを率いる北条綱成とのことです」

「北条綱成か、確か河越の戦いにおいて河越城を守っていた武将であったな。その北条綱成が率いる軍勢の状況はどうなっている」

「ハッ・・北条綱成率いる軍勢は国峰城へと向かっているとのこと」

「ならば、その横腹を討ち破るか・・・」

その時であった。大量の矢が景虎率いる越後上杉の軍勢に降り注いだ。

「敵襲〜敵だ、敵だ」

家臣たちが声を上げ敵の攻撃を知らせる。

横に広がる丈の長い草むらに隠れた伏兵がいるようだ。

そして、前方から騎馬武者の軍勢を先頭にして土煙を上げて迫ってきていた。

「柿崎景家」

景虎が柿崎景家を呼ぶ。

「ハッ」

「伏兵は任せる。伏兵を叩き潰せ」

「承知」

「前からも北条勢がくるぞ〜。鉄砲は間に合わん。槍隊前に出ろ」

景虎の声と共に、前方から迫り来る北条の軍勢に向かって、越後上杉の軍勢は長槍を用意。

越後上杉の精鋭虎豹騎軍の槍は他国のものよりも長く太い。

その長い槍が集団戦を得意とする越後上杉勢の先鋒の強さの一つでもあった。

盾を並べて長槍を隙間なく並べていく。

「矢を放て」

越後上杉の矢が放たれ、正面から迫り来る北条勢に降り注ぐ。

「槍隊、突撃だ」

盾を並べ、さらに隙間なく並べた槍先が北条勢の先鋒を一気に突き崩す。

徐々に越後上杉勢が押し込にながらも、北条勢の踏ん張りで乱戦模様になり始めていた。

この乱戦の中を1人の騎馬武者が駆け抜ける。

その騎馬武者は上杉晴景に向かって一直線に向かう。

「そこにいるは、上杉景虎とかいう小僧か。毘沙門天などと吐かす傲慢さをこの北条幻庵が叩きのめしてくれよう」

北条幻庵の太刀が景虎に襲い掛かる。

幻庵と景虎は馬の足を止め、激しく太刀で討ち合う。

あまりの激しさに、越後上杉の家臣も、北条の家臣も、誰一人近づくことができない。

北条側も、越後上杉側も遠巻きにして二人の戦いの邪魔をせずに、息を凝らして見いていた。

「いいぞいいぞ、小僧。もっとだ。もっとお前の武威を見せてみろ。毘沙門天を名乗るその武威を見せてみろ」

激しく数えきれないほど切り結ぶため、両者の太刀はすでにボロボロである。

太刀の刃は潰れてボロボロとなり、太刀そのものも歪み始めている。

すでに鞘に入れることもできなほどに両者の太刀はボロボロである。

「この景虎を小僧呼ばわりするとは、後悔するぞ」

「ハハハハ・・上等だ。ならば、この北条幻庵を後悔させてみるがいい。果たして貴様にできるか」

なおも激しくたちを切り結ぶ。その時、流れ矢が北条幻庵の馬にあたり馬が暴れた。

暴れる馬を抑えるのために幻庵は、太刀を扱うことが出来なくなっていた。

景虎は、その隙に北条幻庵を討つことができたが、そうはせずに少し後方へと下がった。

やがて玄庵の馬が大人しくなった。

「上杉景虎、なぜこの隙に儂を討たなかった。馬が暴れている隙に儂を討てばこの首が容易く取れたであろう」

景虎は不意に口元に笑みを浮かべる。

「北条幻庵。あんたは一騎討ちの場を作り出し、俺の武威を見せろと言った。流れ矢で暴れる馬を抑えなければならないあんたを後ろから斬っても、俺の武威を示すことにはならん」

景虎の答えを聞いた北条幻庵は一瞬驚いて、その後大笑いを始めた。

「ハハハハ・・・この乱世に珍しい奴だ。後ろから切り倒そうが首には変わりなかろう。それがお前の武威であり、武士としての在り方か。そうかそうか、それゆえ毘沙門天か・・お主はまさしく天に愛されし毘沙門天。景虎、お主の武威は儂には眩しい。とてつもなく眩しい。乱世に汚れ切った儂に眩しずぎる。だが、その眩しき武威は大事にしろ。失えば元には戻らんぞ。唯一残念なことはお前が北条家でないことか」

幻庵の目から獰猛な輝きは失せ、優しき目になっていた。

「景虎。平穏な時代であれば、お互いに酒を酌み交わせたかもしれんな」

北条側、越後上杉側双方の援軍が近づいてくるのが見えた。

「幻庵殿。これ以上、この場での戦いは無用であろう。我が武威を知りたくばまた相見える時もあろう」

「そうか、どうやら、ここまでのようだ。また会おう越後の毘沙門天よ」

北条勢が一気に撤退していった。

景虎は追撃を許可せずに北条の撤退を邪魔しなかった。

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