第142話 電光石火
北条幻庵は背筋を伸ばし腕を組み上野国の山を見つめている。
北条綱成は言葉を発しないまま幻庵の邪魔をしないように部屋の片隅で待機していた。
「綱成」
「ハッ、幻庵様いかがされました」
「・・・動くとするか。越後上杉の機先を制する」
「機先を制するですか」
ゆっくり頷く北条幻庵。
「上野国衆で越後上杉側についた上野国衆の内、いくつかを一気に叩き潰す」
「上杉晴景・景虎では無くですか」
「楽しみは後にとっておくものだ。奴らとの戦いの前に、我ら北条から越後上杉に寝返ったものを叩き潰し見せしめとする」
「承知しました」
「気づかれる前に速やかにやるぞ。我ら北条の怖さを風見鶏どもに見せつけてやれ。どこが越後上杉に付いた」
「ハッキリとわかっているのは国峰城の小幡顕高、青柳城の赤井照康、小泉城の富岡秀親になります。当の本人たちはバレていないと思っているようですが、上杉晴景に挨拶に出向いていることを確認しております」
「よし、ならばその三箇所を一気に踏潰す。我らの手勢はどうなっている」
「幻庵様と我が黄備えを合わせ8千。武蔵国衆で1万。武蔵国衆はいつでも動けるように武蔵国と上野国との国境に集結しています」
「いかに早く叩き潰すかが重要だ。風魔の忍びも動員して一気にいくぞ。すぐに出陣する。用意せよ」
「ハッ、直ちに」
北条綱成は直ちに出陣の用意に入った。
上野国青柳城
赤井照康は上機嫌であった。
「照康様、越後上杉家上杉晴景殿にお目通りがかないようございました」
富岡秀親の言葉を聞き、ますます上機嫌となる赤井照康であった。
「これで我らも安泰。あとは如何に北条を騙すのかそれだけだ」
「北条が何か言ってきたら形だけ見せておけば良いでしょう」
「その通りだ。のらりくらりと誤魔化していけばいい」
「北条も、よもや我らが裏切っているとは思わんでしょう。越後上杉は豊かな大国。その旨味にあずかれるのであれば、北条から越後上杉に乗り換えることも悪くない選択ですな」
2人の笑い声が青柳城内に響き渡る。
「・・・何か外が騒がしいな」
「照康様、私が見てまいりましょう。どうせ酒に酔った家臣どもの諍いでしょう」
富岡秀親が立ちあがろうとしたその時。
「一大事でございます」
「どうした。騒がしい」
赤井照康は、眉をひそめ機嫌悪そうな表情をした。
「北条勢が攻め寄せてきました。城門が一気に破られ、北条勢がなだれ込んで来ております」
「なんだと・・」
慌てた赤井照康と富岡秀親が立ち上がり逃げようとした。
「そこの2人、何処に行かれる」
声のする方を見れば、槍を構える甲冑武者を従えた北条綱成は入ってきた。
「綱成殿。味方に対して、こ・・これはなんの真似だ。なぜ味方である我らを攻めるのだ」
「味方?なんの話だ」
「我らは北条家に従っている味方だ。味方を攻めるとはなんの真似だ」
「ホォ〜。味方か・・しかも我ら北条に従っているだと」
北条綱成は薄ら笑いを浮かべる。
「どうせ分かるまいと高を括りコソコソ裏で動き回り、強い風が吹けば向きを変え、風向きが変わればまた向きを変える。その挙句、風に煽られて箕輪城まで出向いたか」
赤井照康と富岡秀親は、北条綱成の言葉を聞き額から汗が流れる。
「それを何というかわかるか」
目を細め2人を見据える北条綱成。
「風見鶏。お前たちのことだ。箕輪城での酒は美味かったか」
「ま・・待ってくれ。我らは北条家に忠節を尽くす。だから待ってくれ」
赤井照康は慌てて釈明をする。
「忠節か・・ならばお前たちのその忠節を見せてもらおう」
「わかった。ならば、さっそく越後上杉を攻めよう」
「その必要は無い」
「えっ・・・ならどうしろと」
「この場で死んで、死ぬことで忠節を尽くすがいい。お前たちがここで死ぬことで他の上野国衆の離反が多少でも減れば、それこそが北条家に対する大いなる忠節であろう。遠慮せずにその忠節を示せ」
「な・何だと・・死ねだと・我らに死ねと言うか」
「自らの命により忠節を示す2人の素晴らしき生き様は、北条家に長く言い伝えられるであろう。忠節を示したいお前たちにとって、これ以上のものはあるまい。遠慮せずにお前たちの忠節を見せてみるがいい。北条家黄備えを率いるこの北条綱成が、しかと見届けてやろう。そしてお前達の忠節ぶりは北条氏康様にしっかり伝えよう。さあ、遠慮せずにその忠節心を見せてみろ」
「そ・・そんな」
「どうした。北条家に忠節を尽くすのだろう。貴様らの忠節心とやらはどうした。何なら儂らが手伝ってやろう」
北条綱成は刀をゆっくりと抜き、槍を構えた家臣たちと共にゆっくりと前に進む。
ジリジリと後ろに下がり壁際に追い詰められる赤井照康達。
「クッ・・クソ。貴様こそ死ね」
逃げきれないと悟り北条綱成に斬りかかる。
だが北条綱成の両脇に控える家臣たちが赤井照康達の刀を弾き返す。
そして、北条綱成が二人を斬り捨てた。
「多少なりとも北条家に貢献できて幸せであろう」
斬り捨てた2人にそう言い残し北条綱成は部屋を後にした。
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