第135話 招かれざる客

天文17年3月末(1548年)

越後府中春日山城に一人の人物がやって来た。

関東管領上杉憲政殿であった。

越後に逃げ込んでくるのは、本来なら5年ほど先のはず。歴史とのズレが出て来ている。

関東管領が越後に逃げ込んで来ることで、不毛な関東での戦が繰り返されることになる。

なるべくなら避けたいところだ。

どうやら、北条氏康に居城平井城を追われ。逃げた白井城も攻め落とされて、北条に囲まれ逃げ場を失った。そのため、やむなく雪の残る三国峠を越えて越後に逃げて来たそうだ。

上野国北部の有力国衆のところに行きたかったが、北条に行手を塞がれそれが出来なかったようだ。

分断して各個撃破の戦略だな。

粗略に扱う訳にもいかんし困った。

とりあえず屋敷を一つ与えて静かに暮らしてもらおう。

晴景は、景虎と共に上杉憲政の待つ部屋に向かう途中で立ち止まる。

「景虎」

「何でしょう」

「関東管領殿は現状認識が相当甘い。憲政殿は我らが動けば昔通り関東管領として権勢が振えると考えているだろう。甘いと言うしかない。儂はこれから先々を考えた上で、関東管領殿にかなり厳しい物言いをする。承知しておいてくれ。それで怒って他家に行くなら行くで良い」

「承知しました」

そして、景虎と共に上杉憲政殿が待つ部屋に入った。

関東管領上杉憲政殿が背筋を伸ばして座っていた。

「関東管領上杉憲政である。上杉晴景殿いきなり押し掛けて相済まぬ。越後上杉殿にはぜひ北条討伐に力を貸して欲しい」

上野国から越後国に逃げ込んで来たにもかかわらず、頭を下げる訳でもなく堂々と上から目線だ。

「なぜ、当家が北条討伐をせねばならんのですか」

「逆賊を放っておかれると言われるか」

北条討伐に疑問を言うことが不思議のようだ。

「逆賊も何も、当家は昨年の河越での戦い以外北条とは戦っておりませぬ。昨年の河越の戦いもそもそも我らが望んだ戦いではありません」

「越後上杉家の武勇は関東に鳴り響いている。越後上杉家が出陣してくれれば関東の諸将は馳せ参じるであろう。そうなれば北条なんぞ一捻りであろう」

「もし、そうなったら関東をどう治めるおつもりで」

「関東管領の威光と足利将軍家の威光を隅々まで行き渡らせ治めるつもりだ」

思わず小さなため息を吐いてしまった。

何も変わらんということだな。

歴史と伝統、門閥に拘った従来通りのあり方。

これでは、もしも北条を討伐できたとしても他の大名に責められて滅ぶだけだ。

そもそも、河越城の戦いで大敗。さらに、上野国逃げ出している以上、既に国衆からの信用が無いだろう。

「何か大きな勘違いをされているようだ。我ら越後上杉の力を借りて上野国や武蔵国から北条を追い払ったとして、上野国衆や武蔵国衆が関東管領殿に忠誠を誓うと思いますか」

「誓わぬなら逆賊として討伐すれば良い」

「我ら越後上杉が戦い、国衆が我らに忠誠を誓っても、それは我ら越後上杉に忠誠を誓うこと。関東管領殿に忠誠を誓うことにはなりません。我らが戦い上野国を取り返しても我らが帰れば誰も関東管領殿に従わないでしょう。我らが帰ればまた北条に鞍替えするだけ」

「ならば、上野国に常に居れば良いではないか」

「常に上野国に居ろと」

「そうだ」

上杉憲政の言葉に呆れ果て怒りを覚え、厳しい目となる。

「なぜ・・・我らは憲政殿の家臣では無い。そもそも勘違いされているようだ。他人の力を借りてことを成しても、誰もそんなものは認めないでしょう。この乱世の世は己の力が全て。己の力で立てない者の言葉なんぞ、誰が耳を傾けるのですか。それぞれの国衆は生き残ることに必死だ。一族郎党を抱え必死に生き残りの道を探している。時には戦い、時には協力し、謀略や裏切りも経験しながら死に物狂いで生きている国衆。そんな生き残りに必死な国衆たちを納得させ忠節を誓わせるものが憲政殿にあるのですか。それが無ければ、国衆たちは従わない。国衆たちは大名の持ち物ではない。国衆たちは牛や馬では無い」

「・・・・・」

「ならば、来月、憲政殿を神輿として一度だけ上野国に行きましょう。北条を追い払ったら、憲政殿は平井城にお住みいただき、我らは越後に引き上げます。後は上野国衆とよく話し合われて決めるがよろしいでしょう。それでよろしいか」

「そ・・それでは立ち行かぬ・・越後上杉が居らねば立ち行かぬ」

上杉憲政は顔色を変え慌てふためく。

「我らは憲政殿の家臣では無いと申したはず。我らがいなければ全てが立ち行かぬなら、それは既に終わっているに等しいことだ。全てが手遅れと言うことだ。そんな状態なら憲政殿の言葉に従うものはいない。軍勢を動かすためにどれほどの銭と兵糧が必要かご存知か。タダで軍勢が動く訳では無い。ひとたびいくさとなればどれだけの血が流れるかお分かりか」

「景虎殿、どうにかしてくれ」

関東管領上杉憲政は、上杉晴景の厳しい物言いに驚き、景虎に助けを求めた。

「越後上杉家の当主は兄晴景でございます。兄晴景は先々を考えて申しております。来月、我らと共に上野国に赴き、国衆の話を聞かれるとよろしいかと」

景虎のダメ出しとも言える言葉に首をうなだれる上杉憲政であった。

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