第134話 雪深き越後国

天文17年2月上旬(1548年)

雪が降り積もる越後府中春日山城。

豆炭を開発してから、豆炭や石炭を使用したストーブを数多く開発させてきた。

春日山城だけで無く、家臣達や領民達にも豆炭や石炭が広がることに併せてストーブも徐々に広がってきていた。

そのため、多くの屋敷が冬でも寒さを感じさせないようになっている。

「兄上、冬が暖かいのはいいですね」

石炭ストーブで暖をとる景虎がいた。

特注で作らせた儂の長座布団に横になっている。

まるでストーブの前でくつろぐ大きな猫だ。

だが名前が景虎。虎は猫科だからいいのか?

自分の場所を取られてしまったので、仕方なく普通の座布団に座り、白湯を飲むことにする。

長座布団をもっと作らせるか、数が足りんな。

しかし、冬の暖房は魔性の力があると思う。

一度その温かさを知ったらもはや暖房無しでは居られない。

春日山城の全ての部屋に石炭ストーブを置いているわけではない。

部屋によっては火鉢の部屋もある。

だが、石炭ストーブがいくつも使用しているためか、部屋によっては火鉢でも十分な箇所もある。

今年の日本海側が例年より少し雪が多いようだ。

通常の年でも平地で屋敷が埋まるほど雪が降っている。

国境の山中ならば少なくともこの倍は雪が降っているだろう。

それが、今年はさらに多いのだ。

冬の日本海側は、ジッと大人しくしていることが一番だ。

この時代、除雪は人力しかない。人力ではどうしても限界がある。

越後府中の主な通りくらいならできるが全ての街道は不可能だ。

そのため、必然の結果として雪が消えるまで、人々は籠って暮らしていくことになる。

雪国の暮らしは大変なのだ。

雪を見て美しいだとか言って幻想を抱くのは、たいてい雪国に住んでいない奴らだ。

雪国住んでいる者はそんな寝ぼけたことは言わん。

雪を見るだけでうんざりしてしまう。

いらん!といくら叫んでみても、天から勝手に降ってくる以上諦めて受け入れていくしかない。

お天道様に敵わんと言いたいところだが、冬だから冬将軍には敵わんと言ったところだ。

まさに常勝無敗の冬将軍に勝てる者はいない。

だから雪と共生しながら、今後も冬の生活環境を改善していくしかないだろう。

「晴景様」

家臣から声がかかった。

「どうした」

「佐久城代、甘粕泰重殿より書状が届きました」

書状を受け取り中身に目を通す。

「しまった。やられた・・・」

「兄上、どうしました」

「先月、北条が上野国を攻めた」

「昨年4月に我らにあれ程叩かれ、もう動いたのですか」

「武蔵国衆と上野国衆の多くが北条側に寝返ったそうだ。さらに、重臣達も北条に内応して平井城は抵抗する間も無く、あっという間に落城したそうだ。関東管領殿は上野国北部の白井城に逃れたそうだ」

「裏切りですか」

「やはり、昨年の8万の軍勢で敗北したことが響いているのだろう。いくら景虎が活躍したとしても、関東管領側からしたら大敗であることは隠しようがない。そのことで国衆の信頼を失ったのだろう」

「主君を裏切るなど許せません。直ちに軍勢を差し向けましょう。私が軍勢を率います」

「待て、この雪の中では軍勢を出すわけにはいかん。越後国から上野国へ入る三国峠は雪で通れんぞ。信濃国から上野国へ入る街道も同様だ。今年は雪が多い。そんな雪深いところを重装備の軍勢では通れんぞ。多くの兵が戦う前に命を落とすぞ」

「ですが・・・」

「お前も上に立つ者なら冷静に状況を考えよ。かなりの無理をすれば上野国に入れるだろう。だが、雪深い峠を越えての雪中行軍と寒さで疲れ切った軍勢は、北条からしたらまったく怖くないだろう。それどころか狙い討ちされるだろう」

「・・兄上・・申し訳ございません・・少し焦っていたようです」

「剣術の指南をしてくれた上泉殿が心配なのであろう。大丈夫だ。上泉殿はかなりの剛の者。上泉殿たち箕輪衆を束ねる長野業正殿は猛将として知られた武将。北条ごときでは倒せん。長野業正殿、上泉信綱殿の二人が居れば、北条家が上野北部を制圧することはできん。心配無用だ。今は時を待て。春になり雪が溶けたら虎豹騎軍のみの編成で軍勢を出せば良い。北条側は、春になれば足軽農民兵は農村に戻さねばならん。そうなれば我らの敵では無い」

「承知しました」

「問題は関東管領殿がどう動くかだ」

「関東管領殿ですか」

「そうだ。関東管領殿が上野国に踏みとどまり続けてくれるならいいが、上野国から逃げ出すようであれば面倒なことになる」

「面倒なことですか」

「関東管領殿が上野国を逃げ出せば、さらに求心力を失うことになる。そうなると上野国はまとまらなくなる。関東管領殿が逃げ出した後に舞い戻っても、一度逃げ出した以上誰からも信頼を得ることはできん」

「我らが関東管領殿に協力すれば」

「確かに協力すれば可能だろう。だが、我らは関東管領殿の家臣では無い。常に関東管領殿に協力をすれば我らを家臣と勘違いし出す。そして北条を討伐しろと言い出すだろう。常に関東管領殿の我儘に付き合うわけにはいかぬ。我らが上野国にいれば皆大人しくなるだろう。だが、越後に引き上げたらすぐに騒ぎ出す。また我らが兵を出せば大人しくなり、いなくなればまた騒ぐ。延々とこの繰り返しとなる」

「延々と繰り返しですか・・」

「あまりやりたく無いがそれを回避する手段が一つだけある」

「確かに、そうなると手段は一つですね」

「分かるか」

「やりたくは無いですが上野国を我ら越後上杉家で支配することですね」

「そうだ。だが、関東の地は面倒だ。古河公方もいる。上総に逃げて上総を乗っ取った武田晴信もいる。正直関東に関わりたくない。だが、状況次第ではそう言う訳にはいかんだろう。関東管領殿には是非とも上野国で踏ん張って欲しいものだ。銭と武器の支援ぐらいはしてやるか」

「兄上は面倒ごとが嫌いですが、面倒ごとに愛された兄上は、面倒ごとの方から擦り寄ってきますから覚悟したほうがいいかもしれませんよ」

「ハァ〜・・気にしていることを・・とにかく春まで待て、良いな」

「承知いたしました」

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