第133話 平井城落城
天文17年1月下旬(1548年)
北条氏康を大将とする北条勢は、内応を約束していた武蔵国と上野国の国衆を従え、2万3千の軍勢となっていた。
「氏康様」
「どうした」
北条氏康の背後に北条の抱える風魔忍びの頭領風魔小太郎がいた。
「お言付け通り、上杉憲政に我らのことを知らせる伝令は、ことごとく始末いたしました」
「わかった。ご苦労であった。引き続き頼むぞ」
「承知いたしました」
「綱成」
氏康は北条家の黄備えを率いる北条綱成を呼ぶ。
「はっ、ここに」
「上杉憲政に時間を与えずに平井城を一気に攻める。時間が惜しいこのときに御嶽城は攻める時間が無駄だ。我らの平井城攻めを邪魔させないように抑えに3千だけ置け。御嶽城の動きを牽制するだけで良い。平井城を落とせば、放っておいても御嶽城は我らのものとなる」
「承知いたしました」
北条氏康は一気に上杉憲政を攻めるため、山内上杉にとっての対北条の最前線となっている御嶽城を、あえて攻めずに御嶽城の動きを抑えるための兵だけを御嶽城周辺に置いた。
そして北条の主力は、関東管領上杉憲政の居城平井城へと攻め寄せてきていた。
平井城を取り囲む北条勢には武蔵国と上野国の国衆が多く参陣している。
忍城の成田氏。
北多摩の三田氏。
南多摩の大石氏。
秩父の藤田氏。
伊勢崎の那波氏。
国峰城の小幡氏。
館林の赤井氏。
北条氏康は、もと扇谷上杉家の国衆、もと山内上杉の国衆の旗印をそれぞれしっかりと掲げさせていた。
それぞれの国衆の旗印をしっかり掲げさせることで周囲に北条の傘下になったことを示し、簡単には山内上杉側には戻れないことを自覚させる狙いもあった。
北条の素早い進軍に上野国北部の国衆は、上杉憲政の支援に来ることができないでいた。
「流石に長野業正も間に合うまい。妻鹿田新助は大丈夫か」
氏康は太田資顕に尋ねる。
「我らが攻め寄せると同時に、妻鹿田殿が平井城の門を開ける手はずでございます」
「そうか、ならば問題無い」
北条氏康はこの戦に自信を深めていた。
越後国と上野国を結ぶ街道は、屋敷が埋まるほどの雪が降り積り、街道は埋まってしまい通ることができない。
信濃国と上野国を結ぶ街道も雪で埋まり通ることができない。
いかに戦巧者の越後上杉家の上杉晴景・景虎兄弟でも雪には勝てないだろう。
数名程度なら雪の山中を越えることは可能かもしれんが、雪深い山中を重装備の軍勢で越えることは不可能だ。越後上杉は、街道の雪が消えるまで動くことができん。
越後上杉家が動かなければ、今の関東管領山内上杉家を助ける者はいない。
つまり、この時点で山内上杉家に援軍が無いことが決まったのだ。
あとはいかに素早く叩くか、それだけだ。
「皆の者、よく聞け。上杉憲政の立て篭もる平井城に援軍にくる者はいない。8万もの軍勢で敗れる大将に命を預ける愚か者はいないからだ。長い歴史を刻んだ関東管領家の
北条氏康の激に鬨の声をあげ我先に平井城に向かった。
関東管領上杉憲政の居城平井城では北条勢の進軍の速さに慌てていた。
北条勢が平井城に向かっていると報告があってまだ半刻(1時間)も経っていない。
北条側が、上杉憲政に情報が入らないように風魔の忍びや北条の物見を使い、上杉憲政への伝令をことごとく始末していたため、直前まで北条勢の接近に気が付かなかったのであった。
平井城の広間では上杉憲政が家臣達に檄を飛ばしていた。
「門を固く閉ざし、籠城の準備を急げ」
「大変でございます」
「どうした」
「敵北条勢に味方のはずの上野国の国衆と武蔵国の国衆の旗印を多数発見」
「なんだと」
「館林の赤井、国峰城の小幡、伊勢崎の那波が北条に味方しております。さらに、北多摩の三田、南多摩の大石、秩父の藤田、忍城の成田も北条に味方しております」
上杉憲政は、顔を真っ赤にして怒りを露わにしていた。
「長年の恩を忘れた不埒者どもが・・許せん。許せん。恩を仇で返すような輩は、北条共々刀の錆にしてくれる」
「一大事にございます」
「今度はなんだ」
「妻鹿田殿が裏切り、城門を開け北条を城内に引き入れております」
「何・・・」
「急ぎお逃げください。ここに間も無く北条の手の者が憲政様を狙い殺到いたします。急ぎお逃げください」
上杉憲政は衝撃を受けていた。
味方の国衆が次々に裏切り、最後は重臣の妻鹿田が裏切って敵を城内に招き入れた。
「なぜ・・なぜだ・・・儂は天下の関東管領であるぞ。足利将軍家が認めた関東管領だぞ。将軍家から関東を治めることを認められた存在だぞ・・・」
「お急ぎください」
「なぜだ・・・」
時間が無く、焦る家臣達が上杉憲政を両方から支え平井城から脱出して、上野国北部の白井城(現在の群馬県渋川市)へと落ち延びていった。
しかし、上杉憲政の嫡男龍若丸は、平井城落城の際に幼い命を落とすことになった。
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