第132話 いざ上野国へ
天文16年11月中旬(1547年)
越後国の山々に雪が降り始めていた。
越後府中から見る山々の山頂は既に真っ白だ。
近いうちに里も雪で染まるだろう。
今年は雪が早いようだ。雪の多い厳しい冬になるかもしれん。
そんな寒さが強まる中、朝から上泉信綱は上杉景虎に剣術の稽古をつけていた。
朝から毎日のように景虎がやってきて稽古を申し込む。
寒い最中にもかかわらず激しい稽古で逆に暑く感じるほどだ。
あまりの熱心さに信綱自身も驚いていた。
「景虎殿は熱心ですな」
「少しでも兄上に近づきたいですから」
「既に景虎殿もかなりの腕前になっていますよ」
「そう言っていただけると嬉しいですな」
「短期間でこれだけ腕前が上がるとは、正直驚いております」
「信綱殿との稽古が今日で終わるかと思うと残念です。明日には上野国に戻られるのでしょう」
「のんびりして居たら街道が雪で塞がってしまいますからな。ですが、折を見て再び景虎殿の剣術指南に参りたいと思っております」
「本当ですか、その時は、ぜひよろしくお願い致します」
上泉信綱は、すっかり日課となった景虎との朝稽古が、今日で終わることが少し残念に思っていた。嫌がることなく率先して、ひたむきに剣を振るその姿勢に少なからず感心していた。
景虎に自分が会得してきたことを教え込んでみたいと思うことがある。
景虎がこのまま剣と降り続けていたら、剣豪と呼ばれるほどになるかもしれないと密かに期待もしていた。
景虎との稽古の楽しみは、次会ったときにとっておくことにして、上野国への帰り支度を急ぐことにする。
晴景様や景虎殿との稽古が楽しくてついつい長居をしてしまった。
剣術家としての自らの楽しみをいつまでも優先させておくわけには行かん。
北条の動きが気になる。
冬が近づいてきているため、雪が街道を塞ぐ前に帰らねばならん。
越後府中は、多くの店が立ち並び多くの品々が溢れている。
信綱は上野国に帰るにあたり、従者としてついてきた家臣と共に、越後府中を散策しながらここでしか手に入らないものを買うことにした。
徐々に寒さが増してくる中、越後の人々は厳しく長い冬に備えて準備に余念がない。
越後府中の街中では、多くの店々が冬に向けての商売に力を入れている。
店々に並ぶ、塩、味噌、醤油、漬物、酒、塩引鮭、塩は海がすぐ近くのため上野国と比べるとかなり割安だ。
上野国では鮭は手に入らんから塩引鮭をいくつか購入することにする。
「店主、塩引鮭を5尾くれ」
「毎度〜こちらになります」
一緒に越後までついてきた上泉家の家臣たちが購入した塩引鮭を運んでいく。
再び、越後府中を歩いていると薬の看板が目に入った。
上杉晴景様が新たに越中の地で大々的に薬草畑を作り、薬の生産に乗り出していると聞いていた。
さまざまな薬草が栽培され、栽培された薬草で色々な薬が作られているそうだ。
薬を売る店は越後上杉家の直轄店になる。
近いうちに近隣諸国に薬売りを出して売り出していくと言われていた。
店を覗いてみると結構な繁盛ぶりだ。
寒いせいか腹痛の薬や冷えや体力の衰えに効く薬を買う者が多い様だ。
「ホ〜・・傷薬もあるのか。店主、傷薬と腹痛の薬、あとそこにある体力の衰えにきくと書いてある薬をくれ」
体力の衰えに効く薬は八味丸と言うらしい。
店主から薬を受け取ると再び上泉家の家臣に渡す。
上泉信綱は越後府中を回り終え、翌朝、晴景と景虎に見送られて上野国に帰って行った。
天文17年1月下旬(1548年)
冬晴れの早朝の小田原城。
北条氏康は、小田原城に主だった重臣たちを集めていた。
今日小田原に集まった者たちは、皆戦支度を済ませている。
「叔父上、いよいよですな」
北条氏康は叔父幻庵に声をかける。
「氏康殿、越後の山々は雪で白く染まり、越後国と上野国を結ぶ街道は雪で塞がった。我ら北条の覇権がまた一歩前進する。さらに、今年は信濃国と上野国の国境も雪がかなり降ったようだ。信濃国と上野国を結ぶ街道も雪で塞がっている。天が我らに味方しているようだ」
「越後国と上野国との国境。信濃国と上野国の国境。いずれも雪で塞がり越後上杉は動けんでしょう。甲斐国との国境は守りに徹して厳重に抑えておけば問題無い」
「ならばいよいよだな」
北条氏康はゆっくりと頷き、居並ぶ重臣達に視線を向ける。
重臣達の顔には、山内上杉を討ち倒して北条が関東における中心となる時がきた喜びと緊張感が見えていた。
「皆の者、いよいよ山内上杉家を討ち倒し、上野国を我らのものとし、我ら北条家が関東を握り新たなる権威を打ち立てる時が来た。邪魔な越後上杉は雪で街道を塞がれ出て来れん。我らを阻むものは何も無い。我ら北条家こそが新たな関東の中心となり関東を支配する。古河公方も関東管領も、もはや不要である。古き権威は邪魔なだけだ。これより、上野国に向けて出陣する。皆の者、存分に手柄を立てよ」
北条氏康の声に応えるように鬨の声を上げ北条家の重臣達は出陣していった。
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