第131話 風見鶏

天文16年9月

太田資顕は北条家による山内上杉切り崩しに奔走していた。

河越城の戦いの時、太田資顕が扇谷上杉を裏切り北条に味方したことが、関東管領の軍勢8万が崩壊した原因のひとつでもあった。

太田資顕は武蔵国の国衆を北条に味方させるために動いている。

忍城の成田氏。

北多摩一帯に勢力を持つ勝沼城の三田氏。

秩父一帯に勢力を持つ藤田氏。

南多摩に勢力を持つ大石氏。

これらの国衆が北条に味方することを約束した。

太田資顕は、村外れにある小さな寺で一人の男を待っていた。

その男の名は、妻鹿田新助めかだしんすけ。山内上杉家の重臣である。

山内上杉家上杉憲政の嫡男である龍若丸の乳母の夫でもある。

「新助殿。わざわざ申し訳ない」

「資顕殿、用件とは」

「新助殿はこのまま上杉憲政殿に仕えるつもりか」

「何を言っている。当たり前だ」

「新助殿。我ら国衆は先祖代々の土地を守りそれを子孫に伝えていく。その大切な土地を守ってくれる力のある主に仕えることこそ大切だと思っている。さらに働きに応じた褒美をくれる主でなくてはならん」

妻鹿田新助は目を細めジッと太田資顕を見つめる。

「何が言いたい。はっきり言え」

「憲政殿は我らを守れるほど強いのか、憲政殿は我らに多くの褒美を出してくれるのか」

「・・・・・」

「新助殿も分かっているだろう、憲政殿は河越における戦いで8万もの軍勢を揃え負けた」

「それはお主が裏切るからであろう」

「儂が裏切らなくても他の者が裏切っただろう。お主のところにも誘いがあったのではないか。他の多くの国衆に誘いがあったはずだ」

「・・・・・」

「敵の10倍近い軍勢を揃えながら負けたのだ。将器が無いと言われても仕方無いだろう。そんな大将に仕えて大丈夫なのか。このままでは、山内上杉家と共に滅んでしまうぞ、扇谷上杉家の様にな」

「そ・・それは・・・」

妻鹿田新助は抱いていた不安を指摘され返す言葉が見つからない。

10倍近い兵力差。まず、負けることがあり得ない。

だが、河越の戦いでそのあり得ないことが起きてしまった。

その結果、全ての国衆たちが上杉憲政の大将としての器について、不安を抱くことになってしまっていた。このまま上杉憲政について行って大丈夫なのか、このままでは不味いのではないかと考え始めていた。

「山内上杉家と北条家。どちらに勢いがあるか比べて見れば一目瞭然ではないか。それとも新助殿は山内上杉家と共に滅ぶ道を選ぶのか」

「だ・・だが・・・」

「確かに山内上杉家は名門だ。二百年近い歴史を持つ。だが、名門ゆえに新参者や身分の低いものには栄達の道が無い。どれほど尽くそうが大して変わらんではないか。お主は何か得るものがあったか」

「・・・・・」

「全ての国衆は、有利な方に味方する。その時々で手を組み、時に戦い、命懸けで先祖から受け継いだそれぞれの領地と一族郎党を守ってきた。それは変わらないだろう。我ら国衆は大名の所有物では無い。大名の道具では無い。新助殿、そうであろう」

小さくため息をつく妻鹿田新助。

「儂は何をすればいいのだ」

「今は静かに時を待ってくれ、北条が山内上杉と戦になったときに力を貸してくれ」

「一族郎党を守るためには、沈みゆく舟にいつまでもしがみついているわけにはいかんか・・・」

「滅んだら終わりだ。我ら国衆は狡猾に強かに生きていくことこそが大切なのだ」

「狡猾に強かにか・・確かに、一族郎党を抱えて滅ぶわけにはいかんからな」

妻鹿田新助は北条に付くことを決めたのであった。



天文16年10月

北条氏康は、調略による山内上杉家の切り崩しに自信を深めていた。

叔父の玄庵と共に太田資顕から調略の進み具合の報告を受けていた。

「忍城の成田。北多摩の三田。南多摩の大石。秩父の藤田。伊勢崎の那波。短期間にこれだけの切り崩すことが出来たとは流石は太田殿」

「さらに、山内上杉の重臣である妻鹿田新助殿も内応を確約されました」

自らの手柄を強調するかの様に話す太田資顕であった。

「太田殿。引き続き調略をお願い致しますぞ。太田殿を頼りにしておりますぞ」

「お任せください。あと国峰城の小幡殿、館林の赤井殿にも声をかけましょう」

太田資顕はそう言うと部屋を出ていった。

北条氏康は、叔父幻庵以外のものを下がらせる。

「叔父上、ことのほか順調ですな」

「太田殿は、なかなか使えるな」

「上野国を手に入れるのも間も無くでしょう。このままの勢いで一気にケリをつけましょう」

「氏康殿。急ぐことは禁物だ。山々に雪が積もるまではひたすら静かに大人しく見せておかねばならんぞ」

「山々に雪が積もるまでですか」

「越後国の山々に雪が積もれば、越後上杉は動けん。雪が降る前に我らが軍勢を動かせば、上野国に越後上杉が居座る口実を与えることになり、越後上杉の軍勢が上野国にいることになる。それは避けねばならん」

「ならば、軍勢を動かすのは冬」

ゆっくり頷く北条幻庵。

「そうだ。その通りだ。それまでは一切の戦支度はしてはならんぞ。雪が降れば一気呵成に攻めて、それで全てが終わる」

「なるほど、ならばそれまではひたすら静かに越後上杉を欺きましょう」

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