第129話 栄枯盛衰
天文16年3月(1547年)
河越夜戦で8万もの軍勢を用意しながら大敗をした関東管領山内上杉家上杉憲政。
越後上杉家上杉景虎の活躍で完全敗北とはならなかったが、負けたことには違い。
扇谷上杉家は上杉朝定が討たれ、武蔵国を完全に北条に奪われてしまった。
上杉景虎が要衝でもある河越城を完全に燃やし、北条氏康を一時的とは言え、追い詰めた事がせめてもの救いと言えたかもしれない。
だが、古河公方と関東管領が負けたことには違いない。河越の戦いは上杉景虎の名を世に響かせるだけであった。
関東における関東管領山内上杉家の影響力は急速に低下し始めている。
「業正。北条の動きはどうなっている」
上杉憲政は覇気の無い声で長野業正に問いかける。
「戦を仕掛けてくる様子はございません。武蔵国の取り込みに専念しているようです」
「調略を仕掛けてきていると噂を聞いたが」
「可能性はあるかと」
「否定はせぬか」
「はい・・ですが、我らでは北条が調略を仕掛けてきても本当は誰に仕掛けているか分からず。防ぐ手立てもございません」
「何か手立ては無いのか・・・そうだ、越後上杉家はどうだ。越後上杉家を呼び出し今一度北条を叩くように命を出せばどうだ」
長野業正は少し困った顔をした。
「どうした」
「憲政様、越後上杉家は簡単には動きませぬ」
「なぜだ・・・河越の戦いには手を貸したではないか」
「現在の越後上杉家当主である晴景様は、無意味な戦いを好まれません。此度は御舎弟である景虎様の初陣もあり軍勢を出したまでです。河越の戦いに関しては北条の動きを全て予測しており、御舎弟景虎様を通じて遠回しに警告されていましたが、それを笑い飛ばしたのは我らでございます」
「そ・・それは・・・」
酒に強かに酔い、景虎の用心するべきとの警告を無視していた情景を思い出していた。
「景虎様は、晴景様から関東諸将は8万の数に酔いしれて警告は聞くことは無いだろうとも言われたそうです。北条の動きも、我らのことも、戦の起きる前から読み切っておられました。その方に動いてもらうならば、我らも誠を持って向かわねばなりません」
「儂に越後上杉家に頭を下げよと申すか・・越後上杉の風下に立てと言うか」
「憲政様。今の越後上杉家の力は、我らはもちろん、北条も上回る力を持っております。越後上杉家単独で我らと北条を同時に相手にできるのです。それも余裕を持ってです。それほどの相手に我らの都合を押し付けても相手は動きませぬ」
「なぜだ。儂は幕府から認められた関東管領であるぞ。儂の指示を聞かぬというのか」
「上泉信綱は、上杉晴景様と共に愛洲久忠殿のもとで剣術修行をした同門。その上泉信綱が言うには、晴景様は京の都や関東に関わりたく無いと考えているようだと言っておりました」
「関わりたく無いだと」
「その昔、上泉信綱に対して、京の都と関東の地は騒乱の地。治める事はできるが、治めるにはかなりの力を注がねばならんため、治めるには割が合わん。そんな割りの合わんことをするくらいなら、今の領内の開発に力を注ぐ方がマシだと言われたそうです」
「儂は・・儂は誇りある関東管領山内上杉家の当主。膝を屈するわけにはいかぬ」
「ならば、しばらくはこのままでよろしいと言う事でしょうか」
「儂らの力だけでなんとかせねばならん」
長野業正は、小さなため息をつく。
「承知いたしました。では、国衆の引き締めを図って行くことにいたします」
長野業正は上杉憲政との話を切り上げ城を後にした。
長野業正は自らの居城箕輪城に戻っていた。
そこに上泉信綱が待っていた。
「業正様。憲政様はいかがでした」
「厳しいな。現実を分かっておられない・・いや、見ようとしていないと言った方がよいのか」
「上杉景虎様の活躍で一時的に北条の動きを抑える事ができました。ですが、いつまでも北条が大人しくしているはずもありません。北条家は上杉景虎様との戦いで少なからず軍勢に被害を受けていますから、軍勢をすぐに動かすことは無いでしょう。ですが既に調略の噂が出てきています」
「それは儂も分かっている。だが、憲政様は越後上杉家に頭を下げたくは無いようだ」
「ですが、既に関東管領様の威信も古河公方様の威信も地に落ちております。この先、関東諸将は簡単には動いてはくれません」
「滅多なことは言うな、誰が聞いているか分からんぞ」
「しかし、事実でございます。あれだけの大敗をすれば隠しようがございません」
上泉信綱の言葉に思わず小さなため息をつく。
長野業正はそんな己の姿に気づいて思わず苦笑する。
「いかがされました」
「最近、やたらため息をついてしまう。儂も歳かのう」
「業正様、そのようなことはございますまい。業正様は我ら箕輪衆を率いていつも先陣を切っておられます。業正様が居られればまだまだ北条には屈しませぬ」
「信綱」
「はっ」
「憲政様は認めようとしないだろうが、越後上杉家との関係は今後ますます重要になってくる。越後上杉家との関係を切らさないようにして行かなくてはならん。上杉晴景殿と同門となるお主の働きが重要になってくる」
「はっ」
「そう言っても特にないのだが、たまに剣術修行を理由に越後府中にでも行ってくるのもよいかもしれんな」
「その程度ならばいつでもお命じください」
上泉信綱は、剣術修行と聞いて嬉しそうに答えるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます