第128話 去りゆく者たち

天文15年11月(1546年)

上杉晴景の支えであった者たちが相次いで亡くなった。

先月、医聖と呼ばれた田代三喜殿と剣豪愛洲久忠殿が相次いで亡くなったのだ。

二人とも本来の歴史からすると長生きであった。

田代三喜殿は2年。剣の師匠である愛洲久忠殿は8年。本来よりも長く人生を生きる事ができた。

田代三喜殿の後は曲直瀬道三の継いでいくことになった。

愛洲久忠殿の後は息子の小七郎殿が継いでいくことになった。

この二人には感謝しきれないほどに助けられてきた。

この二人がいなければ今の自分は無かっただろう。

田代三喜殿からは医術で助けられ、剣の師である愛洲久忠殿から剣術を教わった。

愛洲久忠殿はこの不出来な弟子に根気強く丁寧に指導してくれた。

二人の死は心に大きな穴が空いたようであった。

そして、最も大きな支えであった父の長尾為景が倒れた。

曲直瀬道三殿が診察している。

「晴景様」

曲直瀬道三殿が診察を終えてやってきた。

「どうでした」

「意識がもはやありませぬ、場合によっては意識が戻らぬままで長くてもあと数日かと・・・」

晴景は手を握り締め、しばらく唇を噛み締めしばらく目を閉じる。

父為景も本来よりも長く生きた。本来よりも4年も長く生きた。

本来なら見る事が叶わなかった景虎の元服を見せてやれた。

景虎の初陣の活躍も聞かせてやれた。

だが、まだしてやれたことがあったかも知れない。

「晴景様、しばらくは医師たちが交代で城に詰めております」

「わかりました。よろしくお願いします」

曲直瀬道三が下がったあと、晴景は父為景が横になっている部屋にやってきた。

父の横に座る。

穏やかな寝顔だ。修羅の道を進み奸雄・梟雄と呼ばれた男とは思えぬほどに穏やかだ。

我祖父である長尾能景が裏切られ、騙し討ちにされ、復讐の鬼となって乱世を駆け抜けきた。

顔にきざまれた皺の一本一本に、白くなった髪の一本一本に乱世を生きた苦しみと悲しみが刻まれているように思える。

目を閉じると自分が佐渡に乗り込むときに直江津で見送る父の姿を思い出す。

敵を欺くため面頬で顔を隠していたため目しか見なかったが、いつもの厳しい目ではなく優しく心配する目であった。生きて帰ってこいと言っているように感じられた目であった。

人々や国衆から恐れられた父も、あんな優しい目をするのだと不思議に思ったものだ。

父の顔を見ていると父がうっすらと目を開けた。

「親父殿、晴景だ。分かるか」

父は少し口元に笑みを浮かべた。

「儂も・・そろそろお迎えが来そうだ。ちょうど・・・父と酒を飲んでいたところだ。お前の自慢話を酒の肴にして美味い酒を飲んでいた。父も嬉しそうだった」

「そうか・・元気になって、みんなで酒を・・酒を飲もう」

「儂は父が生きている時に親父と呼ぶこともなく、父と酒を酌み交わすことも無かった」

「まだ、これからもたくさん酒を酌み交わせばいいじゃないか」

「お前が生まれるまでは、儂は修羅であった。儂は復讐の鬼となって生きてきた・・・そんな時にお前が生まれ、赤子のお前の笑顔を見たときに初めて人になれたような気がした。修羅の鬼・復讐の鬼が・・初めて人になれた気がしたのだ」

「親父殿・・・」

「お前は・・儂とは違う。無理に修羅の道を進まなくても良いだろう」

「乱世の世がそれを許さんよ」

「フッ・・た・確かにそうだな」

「乱世が終わるまでは、俺も修羅の道を行くしかないさ」

「我らは難儀な親子よな」

「それは昔からさ」

「フッ・・お前もぬかすようになったものだ」

「一応、越後国主だからな」

「越後国主か・・・重い重い背中よな・・・あまり背負い込むな・・・背追い込みすぎると倒れるぞ」

「重かろうが全てを背負って前に進むしかない・・・重すぎたら景虎にも分けてやるさ、それでも重かったらやるだけやって前に倒れて、あとは誰かに任せるさ」

「そうか・・・そうか・・そうだな。儂は少し疲れた。しばらく寝る・・・」

「わかったよ」

長尾為景はそのまま眠り、そして再び目を覚ますことは無かった。

謀略と裏切りの乱世の世を全力で駆け抜けた、一人の武将の穏やかな最後であった。

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