第126話 景虎!河越夜戦に出陣(壱)
天文15年4月20日(1546年)深夜。
北条氏康は、上杉勢と古河公方に対して夜戦を挑もうとしていた。
数の上で圧倒的に不利である以上、敵の油断を誘い。さらに有利な条件で戦うため夜戦による決戦を選んでいた。
北条氏康は決戦を挑むにあたり、甲斐国との国境にいる越後上杉勢の対策をしておくことが必要であった。国境には越後上杉の三千もの軍勢が北条を牽制していた。
国境の街道に幾重にも柵をめぐらし、街道沿いの城や砦には、詰めている兵の数よりも多くの旗印を置いて、多くの兵が詰めているように見せかけていた。
そして、農民足軽兵をいつもより多く集めている。農作業や年貢に影響が出るかもしれないが、背に腹は代えられないと通常より2割近く多く集めていた。
北条氏綱が率いている兵は八千。この八千を二千づつ4隊に分け、氏康は自ら3隊六千を率いて扇谷上杉陣営、関東管領山内上杉陣営に攻め込むことにした。
残る二千は、重臣である多目元忠に預けて後詰めとすることとした。
北条氏康の上杉勢への攻撃に合わせ、河越城の北条綱成は古河公方足利晴氏への攻撃をかけることになっている。
北条氏康の狙いは、関東管領上杉憲政、扇谷上杉家上杉朝定の首。
「良いか、此度の戦はこの先の我らの未来を決める戦である。狙うは、上杉憲政と上杉朝定の首のみである。他は全て打ち捨てよ。他の首はいらん」
北条勢は同士討ちを避けるため、全員白い着物を着ていた。
「越後上杉勢は如何いたします」
後詰めを預かる多目元忠が氏康に問いかける。
「距離がある上に柵を築いて守りが堅牢だ。越後上杉は向かって来ない限り放置でいい」
「承知しました」
北条勢は暗闇の中を決戦に向けて移動を開始した。
越後上杉陣営
上泉信綱は、直接仕えている
「信綱殿。どうやら北条の動きが慌ただしいようだ」
「いよいよ動き出すのですか」
景虎の背後から軒猿衆の声がかかる。
「景虎様」
「如何した」
「北条勢が動き出しました。間も無く扇谷上杉家の陣に攻めかかるかと思われます。さらに、河越城の北条綱成が城の全ての兵を率いて古河公方足利晴氏様の陣に攻め込む様でございます」
景虎の元に軒猿衆から北条勢が動き出したと報告が入った。
景虎は直ちに全軍の招集の指示を出した。
越後上杉陣営に後方に築いてある砦から続々と兵が移動して来ていた。
景虎は決戦を近いと判断して、事前に東信濃佐久城にいた虎豹騎軍の内二千を呼び寄せていた。
闇夜の中、信濃から呼び寄せた兵を含め越後上杉勢1万が集結した。
上杉景虎は将兵に指示を出す。
「これより我ら越後上杉は北条との戦いに挑む。柿崎景家は2千を率いて空になっている河越城を攻め河越城を燃やし灰にせよ。火を放ったすぐにこちらに合流せよ」
「はっ」
「宇佐美定満は二千を率いて、北条の御詰めを叩け」
「はっ」
「鬼小島弥太郎、真田幸綱、甘粕泰重、甘粕景持らは残りの兵を率いて、この景虎と共に北条氏康率いる北条本体を叩く」
「「「「はっ」」」」
「上泉信綱殿は、どうされる」
「景虎殿と共に北条本体と戦いたいと思います」
「承知した」
「全軍、北条に気取られないように直ちに出陣せよ」
越後上杉勢は、直ちにそれぞれの攻撃目標に向かって移動を開始した。
扇谷上杉家の陣営は、多くの将兵は眠り込んでおり起きているのは僅か数名であった。
「夜風はまだ寒いな」
「暇だから一杯やるか、体も温まるしな」
「そうだな」
扇谷上杉の見張りは酒盛りを始めていた。
「何か音がしなかったか」
「気のせいだろう。こんな時間にくる奴なんていないだろう。狸か鳥じゃないか」
「一応見てくるか」
見張りの一人が見回りに出た。
暗闇の中何かが倒れる音がした。
「おい、どうした・・・おい」
その瞬間背後から胸を刺されて息絶えていた。
北条勢は無言で広がり配置につき、北条氏康の号令を待っていた。
「かかれ〜」
北条氏康の号令とともに北条勢六千は一気に扇谷上杉の軍勢に襲いかかった。
扇谷上杉の軍勢は、酒に酔い潰れぐっすりと眠りこんでいる。
眠っているところを襲われ、抵抗らしい抵抗ができず次々に討ち取られていく。
「敵・・敵だ・・」
扇谷上杉の家臣が叫ぶが既に時遅く、半数近くが討たれている。
「いたぞ、上杉朝定だ。逃すな〜」
酔い潰れていた上杉朝定は、おぼつかない足を動かし必死に逃げようとしていたがうまく歩けない。
「上杉朝定殿、
北条の刃が上杉朝定に振り下ろされ上杉朝定は21年の生涯を終えた。
上杉朝定の死により、実質的に扇谷上杉家は200年近い歴史の幕を閉じることになった。
北条氏康は、上杉朝定を討ち取った勢いそのままに関東管領上杉憲政の陣営に襲いかかった。
氏康は攻めかかると同時に上杉朝定を討ち取ったことを繰り返し吹聴させる。
「上杉朝定は北条が討ち取ったぞ、北条の勝ちだ」
「上杉朝定は北条が討ち取ったぞ、北条の勝ちだ」
「北条が勝った。北条が勝った。北条が勝ったぞ!!!」
関東管領の味方であったはずの太田資顕が関東管領の軍勢に襲い掛かる。
関東管領上杉憲政の陣営は混乱の極致となった。
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